東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

ILO初代事務局長アルベール・トマの記念碑

書籍名

ILOの対中関与と上海YWCA 労働と平和の国際機構間関係史1919-1946

著者名

小野坂 元

判型など

244ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2025年4月

ISBN コード

978-4-588-62553-4

出版社

法政大学出版局

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ILOの対中関与と上海YWCA

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本書は、第一次世界大戦後の1919年に設立された国際労働機関 (ILO) の歴史を扱っている。ILOは国際的な労働基準の設定をめざして第一次世界大戦の講和条約を根拠に、普遍的国際機構の一つとして国際連盟と同様に誕生しながら、第二次世界大戦中は連合国への協力を明確し、国際連盟とは異なり現在も存続する国際連合の専門機関の一つである。
 
講和の産物であるILOが、後に交戦国の一方に肩入れするようになったのはなぜだろうか。この問いに答えるために、当初はヨーロッパの機関というのが実態であったILOが、中国での労働運動の高まりにどう反応し、どう変化のきっかけをつかんでいったのか、という一連の流れを可能な限り詳述した。この点を未公刊史料を駆使しつつ論じるために検討対象を絞り込んだ。治外法権の租界があり、女性や児童が劣悪な条件で働く上海に、ILOはどうやって関与したのか、という加盟国に通常の手続きで働きかけることでは対応が難しかった問題に着目した。ここでは、不平等条約下での女性労働問題という形で、民族・階級・ジェンダーの非対称な力関係や差別が生じていた。
 
ILOは難問に挑戦して現状の打破をねらっていたが、ILO単体では、1925年の五・三〇事件以降急進化をたどった中国労働運動と連携することは困難であった。しかし、ILO単体ではどうにもできない課題へ取り組む意志は、意外な形で協力者を見出すことにつながった。本書では、設立当初のILOが抱えた限界を突破する原動力にあたる、国際機構どうしの協力関係を明らかにした。とりわけ、ILOと中国労働運動、あるいはILOとイギリス外務省との間に入る国際的なNGOのキリスト教女子青年会の都市支部である、上海YWCAが果たした役割を論じた。外務省、あるいは労働組合といった、国籍や組織の目的が比較的明確な組織とは異なり、上海YWCAは国境を越えた布教活動の一端を担いつつも、次第に現地の社会問題の解決を重視するようになった団体である。国際機関と加盟国とを媒介する者が誰で、そしてその働きとは何なのかを探りつつ、本書タイトルの国際機構間関係の歴史研究を試みた。
 
この連携を日中戦争期の抗日運動の国際化という視点で検討し、戦時期の国際機構という研究にも取り組んだ。この検討は、冷戦期という新たな対立の時代の国際協力へとつながる要素を特定する作業となった。通常、戦間期の国際連盟の技術協力の遺産が、第二次世界大戦後の国際連合の専門機関に継承されたと論じられることが多い。しかし、本書ではILO史に即して、戦間期ILOのままでは戦時期を乗り切れなかった一方で、戦時期の協力が冷戦期の活動の基礎となったと論じた。こうして、戦時期の国際機構の歴史的位置づけを定めたところで、冷戦史研究を見据えつつ、ひとまずの結論として終章を置いた。
 
はからずも本書は、労働分野の国際機構史で治外法権や戦争という外交史の主要なテーマに接近することになった。このことが、労働問題の専門家にとっても、政府間外交史の研究者にとっても新たな着想を拓く結果になればと願っている。
 

(紹介文執筆者: 小野坂 元 / 2025年10月20日)

本の目次

序章
1 本書の目的と問題の所在
2 三つの検討事項
3 先行研究と本書で用いる史料
4 本書の構成

第1章 ILO設立過程における対日問題:日英間の舞台裏交渉
はじめに
1 岡実の日本における立ち位置
2 講和会議の労働法制委員会
3 第一回ILO総会
小結

第2章 欧州地域統合と国際労働基準:ハイパーインフレーションの教訓
はじめに
1 ILO設立当初の様々な躓き
2 ルール危機とヨーロッパ諸国の連帯
3 戦間期の自由貿易論と産業カルテル論
4 ILOの炭坑労働調査
小結

第3章 五・三〇運動の衝撃:ナショナリズムと国際機関
はじめに
1 交錯する労働問題と国際政治
2 YWCAの変化に引き込まれるILO
3 一九三一年のILO訪中使節と中国工場法の施行
小結

第4章 労災と失業の上海:行政的解決か労働者教育か
はじめに
1 ILO事務局長の交代
2 租界の工場監督制度とYWCA女工夜学
3 程海峰ILO中国分局長のアプローチ
4 鄧裕志率いる中国YWCA産業部
5 英中接近に望みをかけるILO
小結

第5章 国際機構間関係史としての日中戦争:「生活水準の向上」に基づく国際的な連帯
はじめに
1 日中戦争前夜からの国際労働運動
2 中国工業合作の国際化
3 労働と金融の国際協力
小結

終章
1 結論
2 残された課題

あとがき
参考文献
索引

関連情報

第5回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2024年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
著者インタビュー:
第93回 小野坂元さんインタビュー『ILOの対中関与と上海YWCA~労働と平和の国際機構間関係史1919-1946』(ブック・ラウンジ・アカデミア 2025年7月30日)
https://www.bookloungeacademia.com/524/
 
書籍紹介:
新刊告知 (科学研究費国際共同研究加速基金 (国際先導研究) 国際和解学の探求 2025年5月19日)
https://memory.w.waseda.jp/432
 
小野坂 元 (科学研究費国際共同研究加速基金 (国際先導研究) 国際和解学の探求 メンバー紹介)
https://memory.w.waseda.jp/member/371