東京大学学術成果刊行助成 (東京大学而立賞) に採択された著作を著者自らが語る広場

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書籍名

「移民」の住む場所 日本の住宅市場における居住格差の実証分析

著者名

金 希相

判型など

272ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2026年1月26日

ISBN コード

978-4-7664-3085-1

出版社

慶應義塾大学出版会

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「移民」の住む場所

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住まい探しで重視される条件といえば、家賃や立地、間取りだと思っていませんか。私たちはつい、住まいの選択を個人の「好み」や「運」の結果として捉えがちです。ところが移民にとっては、気に入った物件に出会っても「外国人入居不可」「日本人の保証人が必要」といった小さなハードルが積み重なり、暮らしの選択肢が静かに狭められていきます。
 
その背後には、職業、国籍、ジェンダー、そして受け入れ社会の制度や慣行が複雑に交差する「ブラックボックス」が存在します。そのため、所得や学歴といった個人属性だけでは説明できないかたちで、「住める場所/住めない場所」の境界線が引かれてしまうのが現状です。本書は、この「ブラックボックス」を解き明かすため、国勢調査の個票データを用いて、日本籍者と主要な外国籍集団 (韓国・朝鮮、中国、フィリピン、アメリカ、ブラジル) の居住格差を多角的に分析した一冊です。
 
従来の日本の移民研究では、住宅は「外国人集住地区の生活トラブル」や「共生の実践」といった文脈で、地域社会の問題として記述的に語られることが少なくありませんでした。これに対し本書の特徴は、居住を移民個人のライフサイクルにおける「住宅経歴」として捉え直し、居住問題を「集団間の格差」の問題として再構成した点にあります。その際に、新同化論の理論的枠組みを日本の文脈に引き寄せ、制度化されたインセンティブ構造に埋め込まれた住宅選択を分析することで、都市社会学、移民研究、住宅研究という、これまで分断されがちだった領域を架橋することを試みました。
 
具体的には、(1) 社会経済的地位と持家取得の関係、(2) 移民の持家率が低い理由、(3) エスニック・コミュニティと持家取得の関係、(4) 住宅選択メカニズムの集団差、(5) 日本人配偶者プレミアムの効果、(6) 民間賃貸市場での入居差別の存在、などを検討しています。本書が示すのは、移民の住宅・居住地の選択が、本人の所得や学歴だけで決まるわけではないということです。出入国管理制度による在留資格の制約、金融機関の住宅ローン審査における「男性稼ぎ主モデル」への依存、そして民間賃貸市場に根強く残る入居差別。こうした社会構造的・制度的要因が重なり合い、移民が高い社会的地位を得た後でさえ、住まいの選択肢を制約し続けている実態を、本書は描き出します。
 
本書の意義は、単に「移民の困りごと」を記述することにとどまりません。同化や階層移動の議論に「住宅」という領域を本格的に組み込み、日本社会の不平等を「住まい」から捉え直す視点を提示した点にあります。さらに、移民の側の「努力」や「運」に還元されがちな住宅問題を、受け入れ社会の制度・慣行の問題として可視化し、今後の統合政策や住宅政策に必要な論点を提供したことに、本書の学術的・社会的意義があります。
 
移民の居住格差を分析することは、日本の住宅システムや階層構造の「歪み」を問い直すことでもあります。1990年の入管法改正から30年以上が経過し、日本はすでに実質的な「移民国家」へと移行しつつあります。今後、日本で生まれ育ったニューカマー移民の第2世代が成人し、結婚や住宅購入といったライフイベントを迎えるにつれ、居住をめぐる格差は社会統合の重要課題となるでしょう。身近な「住まい」というテーマを通して、日本社会の現在と、多文化共生のリアルな構造を考える手がかりにしてもらえれば幸いです。

 

(紹介文執筆者: 金 希相 / 2026年8月21日)

本の目次

序章「移民」からみた日本社会
1 なぜ今移民の住宅なのか
2 「移民」とは誰か
3 データから読み解く移民の居住状況
4 本書の研究対象
5 本書の構成
 
第1章 日本の移民研究は「住宅」をどう捉えてきたか――同化理論との接続を目指して
1 3つの同化理論
2 制度化されたインセンティブ構造に埋め込まれた住宅選択
3 移民の住宅研究を問う
4 本書の研究課題
 
第2章 移民研究における定量分析の課題と可能性
1 移民を対象とした量的調査の難しさ
2 日本における移民の住宅研究の可能性――国勢調査ミクロデータ
3 本書の分析対象とデータ
4 国勢調査の注意点
 
第3章 持家率の格差は何を語るか
1 移民を取り巻く制度的環境の変化――マイホームの夢は近づいてきたのか
2 「持家社会」を生きる移民
3 分析対象と方法
4 国籍別にみた移民の持家率
5 誰が持家を取得するのか
6 なぜ移民の持家率は低いか
7 制度的枠組みによって規定される住宅市場の格差 
 
第4章 エスニック・コミュニティが持家取得に果たす役割
1 居住地域の特性と持家取得との関係
2 日本社会におけるエスニック・コミュニティの位置づけ
3 分析対象と方法
4 国籍別にみたエスニック・コミュニティの特徴
5 エスニック・コミュニティは持家取得を促進するか
6 エスニック・コミュニティによる恩恵が大きい人は誰か
7 韓国・朝鮮人にとってのエスニック・コミュニティの意味 
 
第5章 住宅の質からみる住宅市場への編入過程
1 移民の同化過程における「住宅」の重要性
2 アメリカにおける人種間の居住分化――空間的同化論と地域層別化論
3 日本の文脈に即した理論の再構築――住宅同化論と住宅層別化論
4 日本の住宅市場の特徴と移民の編入
5 分析対象と方法
6 住宅の種類別にみた居住者の特性
7 誰がどのような住宅を選択するのか
8 日本人配偶者を持つと有利? 国際結婚プレミアムの検証
9 個人の住宅経歴の変化から移民の編入を捉えることの意義 
 
第6章 「よい地域」に住むのは誰か――居住地選択から入居差別を検証する
1 見えない構造的制約を探る
2 移民の居住地選択研究は何を見落としてきたか
3 分析対象と方法
4 社会経済的地位と居住地達成との関係
5 居住地達成におけるエスニック集団間の差異
6 高い人的資本を持つと「よい地域」に住みやすくなるか
7 民間賃貸住宅市場における居住格差
 
終章 移民の現在地――居住格差から考える移民のこれから
1 居住格差をめぐる現状と課題
2 本書から得られた知見の整理
3 緩やかな編入の進行と居住格差の二極化
4 民間賃貸住宅市場における構造的不平等
5 住宅選択を取り巻く制度的環境
6 本書の意義と今後の課題
 

関連情報

受賞:
第6回東京大学而立賞受賞 (東京大学 2025年)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/research/systems-data/n03_kankojosei.html
 
関連記事:
【著者寄稿】住宅市場のブラックボックスをひらく――『「移民」の住む場所』執筆のきっかけ  金希相(キム・ヒサン) (慶應義塾愛学出版会 | note 2026年1月16日)
https://note.com/keioup/n/n69b3e818e57b
 
書評:
砂原庸介 (神戸大学教授) 評「話題の本 ブックレビュー」 (『週刊 東洋経済』 2026年4月4日号)
https://str.toyokeizai.net/magazine/toyo/20260330/