本書は、大きく変化を遂げつつある日本労働法の今日における全体像を示そうとした体系書である。本書は、労働法を、個別的労働関係法、集団的労働関係法、労働市場法の3分野に分けて把握するという点では、オーソドックスな立場に従っている。しかし、2007年に、労働基準法と並ぶ個別的労働関係を規律する基本法として労働契約法が制定された。こうした展開をも踏まえて、本書は、個別的労働関係法を労働保護法と広義の労働契約法に二分し、労働保護法をさらに労働人権法と労働条件規制法に整理するという新たな労働法体系を提示している。現代労働法の任務は、使用者との関係で労働者を保護するという原初的機能には留まらない。コーポレート・ガバナンスの文脈では、株主や他のステークホルダーと労働者間の利益調整が問題となる。さらに、多様化した労働者相互間 (男女、正規・非正規、高齢・若年等) でも利害対立の適切な調整が課題となる。本書は、このように広範かつ複雑な任務を負うに至っている現代労働法の体系的整理を試みたものである。
本書の特色として、日本の労働法や労働政策を分析する際に、比較法的視点からの考察を数多く加えている点も指摘できよう。その意味で、本書は、日本労働法の体系書であるとともに研究書としての側面も持つ。例えば、日本法が解雇権濫用法理 (解雇制限法理) によって雇用の安定を確保し、それによって雇用関係が硬直的とならないように、使用者による就業規則の合理的変更により労働条件の柔軟な調整を認める法理を導入して、日本の雇用システムにおけるFlexibilityとSecurityのバランスをとっていることを指摘し、欧州における外部市場型Flexicurity (FlexibilityとSecurityを合体した欧州造語) と対比させて、内部市場型Flexicurityモデルと特徴付けている。また、雇用平等問題について欧米が差別禁止アプローチを採用しているのと対比して、日本は柔軟多様な施策を活用する雇用政策アプローチを採ってきたこと、非正規雇用問題や企業組織再編時の雇用承継についても、日本の立法政策は欧米の施策の功罪を踏まえて独特の立場を採用したこと、集団的労使関係についても産業別労働組合中心の欧州モデル、排他的交渉代表制度を採用するアメリカモデルと比較して、企業別組合中心の日本の労使関係モデルの特色を明らかにし、解釈論との接合を試みている。
最終章「雇用システムの変化と雇用・労働政策の課題」は、日本労働法の課題と将来の方向性を論じたものである。この章における議論は、実定法・比較法の研究者としての視点に加えて、集団的紛争処理を担う労働委員会の公益委員、立法政策を議論する労働政策審議会の公益委員としての経験も踏まえて論じたもので、この点も、本書の特色の一つかもしれない。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 荒木 尚志 / 2016)
本の目次
第1章 労働法の形成と展開
第2章 労働関係の特色・労働法の体系・労働条件規制システム
第2部 個別的労働関係法
第3章 個別的労働関係法総論
第1編 労働保護法
第4章 労働者の人権保障 (労働憲章)
第5章 雇用平等、ワーク・ライフ・バランス法制
第6章 賃金
第7章 労働時間
第8章 年次有給休暇
第9章 年少者・妊産婦等
第10章 安全衛生・労働災害
第2編 労働契約法
第11章 労働契約の基本原理
第12章 雇用保障 (労働契約終了の法規制) と雇用システム
第13章 労働関係の成立・開始
第14章 就業規則と労働条件設定・変更
第15章 人事
第16章 企業組織の変動と労働関係
第17章 懲戒
第18章 非典型 (非正規) 雇用
第19章 個別的労働紛争処理システム
第3部 集団的労働関係法
第20章 労働組合
第21章 団体交渉
第22章 労働協約
第23章 団体行動
第24章 不当労働行為
第4部 労働市場法
第25章 労働市場法総論
第26章 労働市場法各論
第27章 雇用システムの変化と雇用・労働政策の課題