利益率の持続性と平均回帰
本書では、つぎの3点を実証的にあきらかにした。第1に、企業の利益率は、産業の平均水準 (平均値または中央値) へ向けて回帰する傾向がある。したがって、「のれん」を規則的に償却することには合理性がある。第2に、多段階利益 (売上総利益、営業利益、経常利益、税引前利益、当期純利益) ごとに、利益率の持続性は異なっている。したがって、日本の損益計算書における区分計算と開示には合理性がある。第3に、利益率が平均回帰する調整速度をコントロールすると、利益率の持続性は時系列で低下していない。したがって、持続性の低下を根拠にして伝統的な会計モデルが陳腐化しているとはいえない。
本書は、実証研究と理論研究の両者にたいして重要なインプリケーションをあたえている。本書では、大規模なパネル・データを対象にして、サンプルと変数の選択、モデルの構築、ロバストな検定と推定に細心の注意を払いつつ、多面的、重層的で緻密な分析を繰り返し行っている。それらの分析は、仮説の「もっともらしさ」を高めることを追究したものであり、実証会計の先行研究で多く見られる「プール回帰を主力とした分析」とは一線を画している。本書では、のれんの償却論争は事実認識に帰着するという立場から、利益率の時系列動向について実証分析を行った。本書の分析により、のれんの償却問題を題材にした研究は、理論的検討と実証分析とが高度な次元で統合された。この統合は、理論研究が主流である日本の先行研究では類を見ないものである。
会計情報は株価に影響をあたえ、すべての資源配分に影響をあたえる。どのような会計情報を開示すべきかは、世界の資源配分を左右する重要な問題である。会計情報は会計基準にしたがって作成されるから、結局、会計基準でなにを認め、なにを禁止するのかは、世界の重要問題である。それほど重要であるにもかかわらず、最近、計基準の世界的統一をめぐって、非科学的な主張が主流の座にある。本来なら、(1) 経験的なデータを、(2) 科学的に合理的な分析を経て「証拠」に仕上げて、(3) その証拠に基づいて政策を決めなければならない。これをエビデンス・ベースド・アプローチという。本書を執筆した第1の意図は、エビデンス・ベースド・アプローチの必要性を訴えることであった。
第2の意図は、実証会計学の正しい分析とはどのようなものかを、明確に示すことであった。最近、実証会計学の領域では、粗雑な分析手法による論文や、統計学・計量経済学の観点からは間違った手法で分析した論文が数多く公刊されている。間違った手法から得られた結論は、正否を問う以前に、学問的な価値はない。本書は、どのような分析手法を適用すべきかにおおきな注意を払っている。データを分析するには、たとえ遠回りであっても、分析手法そのものを学習すべきであるという強いメッセージが、本書には込められている。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 大日方 隆 / 2016)
本の目次
第2章 予備的考察と基本的分析
第3章 ノンパラメトリック分析
第4章 年度別分析
第5章 産業別分析 (1)
第6章 産業別分析 (2)
第7章 企業別分析
第9章 頑健性テスト
第10章 中央値への回帰傾向
第11章 係数パネル・データのメタ分析
第12章 誤差修正モデル
第13章 研究の総括
関連情報
第56回日経・経済図書文化賞 受賞
経済図書文化賞の紹介
https://www.jcer.or.jp/bunka/bunka.html
書評:
神戸大学教授 桜井久勝 JCER日本経済研究センター
https://www.jcer.or.jp/bunka/pdf/56sakurai.pdf
2013年度日本会計研究学会 太田黒澤賞受賞
石川博行 (大阪市立大学教授) 書評『利益率の持続性と平均回帰』『経済学論集』
東京大学経済学会 第79巻 第1号 2013年4月 50—2頁
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=16799&item_no=1&page_id=28&block_id=31
首藤昭信 (神戸大学准教授) 書評『利益率の持続性と平均回帰』『企業会計』中央経済
社 第65巻 第7号 2013年7月 131頁