本書は、経営学で考えるとどれだけ世界が広がり、どれだけ俯瞰してバランス良く物事が見えてくるのか、概説することを試みている。たとえば、第1章では、一見、経営学とは何の関係もないように見える特許訴訟「青色LED訴訟」を例にして、経営学で考えると、法律論では見えていなかった実像がどのように見えてくるのかを明らかにしている。
第2章以下では、経営学で「○○の理由」を考えるというスタンスで、通説を整理した上で、その通説を超えた経営学的な展開を概説している。たとえば、第2章では、経営的に成功した会社は何をし、何が必要だったと考えられるのか。「成功した理由」に関する通説とそれに対する批判、そして経営学の発展を概説する。
成功例として、経営学の世界では有名なT型フォードを例にして、第3章では、1909年から1923年までの間、価格が85%の経験曲線を描いて低下したといわれるT型フォードのコスト・ダウンをフォード社がどうやって実現したのか、通説を紹介する。その上で、ではなぜフォード社はその後、じり貧に陥ってしまったのかを解説し、ウェーバーの「殻」概念なども援用して、より一般的な「じり貧になる理由」について経営学的に考えている。
第4章では、もともとは経済学、ゲーム理論、統計的決定理論の強い影響を受けて経営学・組織論に導入された意思決定について考えている。まず、意思決定が、経営学、特に組織論において、いかに重要な概念・分析単位であるのか、通説を概説する。しかし、経営学で研究されてきた組織の中の意思決定の姿が、経済学やゲーム理論の枠組みを飛び超え、実に面白い組織現象であることを「意思決定の理由」として整理、紹介している。
第5章では、人間同士が「協調する理由」について考えている。かつて人間は自然状態では互いに戦争状態に陥ると考えられていた。しかし実際には、たとえ敵対する者同士でも、条件さえそろえば協調行動をとることがわかってきた。その条件の中でも特筆すべきは未来係数である。未来係数が高ければ、組織内でも、組織間でも、対組織でも協調行動が生まれる。そのことが終身コミットメントをはじめとして、経営学の世界の中でどのように扱われてきたのかを整理、解説している。
第6章では、人が「働く理由」について考えている。人は働くときに色々な理由をつけて働く。そして、何のために働いているのかと自問する。働き甲斐とはなんなのか。働くことにどんな意味があるのか。そのことに経営学はどのような仮説を提出、検証し、その結果、どのような結論にたどり着きつつあるのかを概説する。さらに第7章では、そのことを一歩進めて、日本企業の行動や組織を理解する鍵は「仕事の報酬は次の仕事」であると整理してみせている。そうした思想で構築されたシステムはどのように運用されることになるのか。組織やシステムを設計するための理解は、そこから始まる。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 高橋 伸夫 / 2016)
本の目次
第2章 成功した理由
第3章 じり貧になる理由
第4章 意思決定の理由
第5章 協調する理由
第6章 働く理由
第7章 社会人のためのエピローグ -- 仕事の報酬は次の仕事