東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

表紙全面に中世シエナと聖母の絵画

書籍名

公共善の彼方に 後期中世シエナの社会

著者名

池上 俊一

判型など

602ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2014年2月28日

ISBN コード

978-4-8158-0765-8

出版社

名古屋大学出版会

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公共善の彼方に - 後期中世シエナの社会

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本書では、イタリア中北部、トスカーナ地方の小高い丘の上に位置する美しい中世都市シエナの、後期中世における政治体制と社会的結合関係との関わりを、<公共善> をキーワードに解き明かすことを目標とした。
 
シエナでは、理想の統治と称えられることのある「九人衆統治体制」Noveschi時代 (1287~1355年) においてさえ、他のイタリア都市国家同様、貴族や富裕なブルジョワたちが、都市政治の主導権を握ろうと争いを繰り返し、また富裕層と貧しい賃労働者との反目、階級闘争も間歇的に発生した。都市内部の争いは、外部の他都市との領有権争いや覇権争いと重なり、さらに上位の権威・権力たる皇帝・国王と教皇への忠誠・離反の動きとも連動して、複雑な様相を呈した。政権に就いた者たちは、なんとか秩序を取り戻そうとつぎつぎ法律を定め、裁判を行い、警備を固めた。
 
しかし、こうした一見私利私欲・党派心の塊のようなシエナ市民たちが、同時に、公共の福利と名誉に挺身したことも事実なのである。そこには、ギリシャのポリスと近代の国民国家に挟まれた、中間の時代に開展した「自治都市」の政治理念、とりわけその精華としての〈公共善〉理念が関係しているだろうし、その時代の都市住民たちの間に編み上げられた、独特な社会的結合関係 (ソシアビリテ) のあり方にも着目しないと、この不思議な現象は十分理解できない、と思われた。
 
そこで本書では、都市が理想として追求したものと、人々の社会関係ないし社会的結合関係のもろもろのパターンの双方を視野に収めながら、五つの観点から政治と社会の関係を探り、中世自治都市に秘められた可能性を探究してみた。
 
本書のもっとも主要なテーマである、都市における <公共善> の変容について刮目すべき点は、シエナという自治都市国家において、政権担当者によって上から押し付けられる、あるいはエリートたちの <公共善> に対して、下から積み上げられる、いわば民衆的な <公共善> 理念が誕生した理由は、シエナには、濃厚かつ稠密に結ばれた「聖なる絆による人間関係」が存在したからだと思われる。
 
この社会的結合関係を考える上では、まずなにより、シエナが世界に誇る巨大な慈善施設、サンタ・マリア・デッラ・スカラ施療院の役割が重要である。この施療院は、篤い信仰心以外、何も持ち合わせない、個人としての俗人たちが「兄弟」「姉妹」となってその中心を支えていた。そして当施療院の周りに張り巡らされた諸種類の組織に属するおびただしい信仰者たちのネットワークが、他の形態の社会的結合関係・団体と交差しオーバーラップしつつ、都市の理想的秩序、<公共善> のあり方をも変えていったのだと推定できる。
 
本書は、古文書館の史料を精査したシエナ史の実証研究であるとともに、ヨーロッパ都市史、文化史、社会史の見方を一変させる射程をも備えているところに特徴がある。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 池上 俊一 / 2016)

本の目次

序章
第一章 行政上の地理区分と市民
第二章 さまざまな仲間団体
第三章 噂と評判の世界 - 裁判記録から
第四章 社会関係の結節点
第五章 イメージの媒介力
むすび 新たな公共善へ - 後期中世都市の世界

関連情報

第2回「フォスコ・マライーニ賞」受賞 (イタリア文化会館主催) 2015年
http://www.unp.or.jp/jusyo2015#008
 

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