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スペインの街や人々のイラスト

書籍名

岩波ジュニア新書 情熱でたどるスペイン史

著者名

池上 俊一

判型など

254ページ、新書

言語

日本語

発行年月日

2019年1月22日

ISBN コード

9784005008902

出版社

岩波書店

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本書では、あえて使い古されたキャッチコピーとなった「情熱」をキーワードに、スペインとスペイン人の歴史をたどっていきました。スペイン人というのは、理性 (フランス人) や経験 (イギリス人) ではなく、全体的な生の流れとの一致の感情すなわち「情熱」の立場に立って行動する人たちであり、それは夢想を誘う視界を遮るもののない茫洋たる荒野、そしてアフリカとヨーロッパに挟まれ孤立した辺境地帯という古来の自然環境に規定されながら、複雑な歴史の過程で培われていったと考えられるからです。そこで本書では、時代ごとの「情熱」が色濃く宿った人やものにスポットライトを当てて、スペイン人の国民性ないし民族性と、それぞれの時代における政治・社会・文化・宗教などとの関係を追求していきました。たとえば、武装解除を強制されるより自殺を選んだ猛烈な気性の古代イベリア人、名誉を熱情的に追求した国土回復運動 (レコンキスタ) 参加者たち、赤色・血やキリスト受難像に熱狂した神秘家と一般信徒、派手な劇的表現のバロック建築や古典演劇、死と性と戯れる闘牛、魂の音楽としてのフラメンコとギター音楽…などです。こうした「情熱」の表出を、各時代の主要な政治的出来事および社会の仕組みと絡ませながら叙述していきました。スペイン史を特徴づける圧倒的な民衆の力、そしてキリスト教・イスラーム・ユダヤ三者の文化交流にもたえず目配りしました。ここで「民衆の力」というのは、たとえばスペインの文学や美術の最良の作品が、民衆の精神を体現した作者によってもたらされているということです。文学では、セルバンテスの「ドン・キホーテ」ですし、美術としてはゴヤの諸作品が思い浮かびます。それからスペインの近現代の政治を動かしていったのは、国王でも貴族でもなくて、民衆たちであり、それは何度も出されたプロヌンシアミエント (宣言) が、何より民衆たちの気持ちを推し量った上で軍部によってなされたことが示しています。もうひとつの「キリスト教・イスラーム・ユダヤ三者の文化交流」は、まさにスペイン文化の豊穣な苗床で、中世の哲学・思想も、スペインに特徴的な教会建築も、この交流がもたらしたのです。本書を最後まで読んでいただければ、キーワードの「情熱」の深い意味を理解していただけることと思います。恋の情熱や名誉に関わる情熱だけではなく、「受難」「受苦」をもそれは含んでいる概念なのです。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 池上 俊一 / 2019)

本の目次

はじめに

第1章  ローマ属州から西ゴート支配へ─―先史時代~中世初期
アフリカの一部としてのスペイン/中央台地(メセタ)と乾燥した貧しい大地/イベリア人とケルト人/ローマの一属州として/都市の復興と鉱山開発/言語・宗教の統一/猛烈な気性/西ゴート時代とその遺産/大知識人セビーリャのイシドルス

第2章  国土回復運動の時代─―八世紀~一五世紀
イスラーム時代のスペイン/後ウマイヤ朝時代の文化/レコンキスタ(国土回復運動)の進展/封建(ほうけん)制度の浸透度/タイファ(群小諸王国)の乱立/ムラービト朝からムワッヒド朝へ/トレドでの文化交流/巡礼地サンティアゴ・デ・コンポステーラ/スペイン・ロマネスク/中核としてのカスティーリャ/地中海に雄飛するアラゴン連合王国/コルテス(議会)の役割/叙事詩『わがシッドの歌』/宗教騎士団設立/異文化交流の果実/アルハンブラ宮殿造営/賢王(けんおう)アルフォンソ一〇世/破格の知識人ラモン・リュイ/質素な貴族と郷士然たる職人/情熱としての名誉/カトリック両王によるグラナダ解放とレコンキスタの完成/異端審問制(いたんしんもんせい)の開始とユダヤ人追放

第3章  スペイン黄金世紀―─ 一六・一七世紀前後
見知らぬ土地への冒険の魅力/エンコミエンダ制/ラス・カサスの告発/太陽の沈まぬ国の形成/複合君主制の統治体制/経済の消長/イエズス会と海外布教活動/カトリックでのスペイン統一/「血の純潔」規約/鍋 (なべ) 釜 (かま) に神を見る神秘家/十字架のヨハネの場合/ロマンセーロとピカレスク小説/国民文学としての『ドン・キホーテ』/古典演劇の開花/奇知主義と文飾主義/コンベルソの文化創造力/スペイン・バロックの装飾性/パーソ像と幻視絵画/民衆宗教の展開/「画家のなかの画家」ベラスケス/完璧な赤色を求めて/赤い食べ物/一七世紀の政治と経済

第4章  ブルボン朝の時代―─ 一八世紀前後
スペイン継承戦争から対フランス宣戦へ/経済復興と貧しい農民/カトリック的啓蒙(けいもう)/闘牛の貴族的起源・民衆的起源/三場面の展開と規則・様式の確立/情熱の愛とドン・フアン伝説/愛される画家ゴヤ/民衆文化の勝利

第5章  社会分裂と領袖(りょうしゅう)政治―─ 一九世紀前後
スペイン独立戦争からカルリスタ戦争へ/多発するクーデター宣言(プロヌンシアミエント)/スペイン帝国の崩壊/魂の音楽としてのフラメンコ/全一的な楽器,ギター/ロマン主義文学/地方の政治・社会を牛耳(ぎゅうじ)る領袖(カシーケ)たち/工業発展のきざし/王政復古と米西戦争/国民意識形成の難しさ

第6章  内戦・自治州・EU―─二〇世紀以降
アルフォンソ一三世の親政と第二共和政/スペイン内戦からフランコ時代へ/ヨーロッパのなかのスペイン/地域ナショナリズムと自治州国家の完成/詩人ロルカ/ピカソ,ミロ,ダリ/建築家ガウディ/現代スペインの情熱はどこに?/本書のまとめ

あとがき
 

関連情報

書評:
(NHKラジオ まいにちスペイン語 2019年7月号)
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000009145072019.html
 
岡崎武志 評 (ALL REVIEWS 2019年5月26日)
https://allreviews.jp/column/3323
 
山内志朗 (倫理学者・慶応大教授) レビュー 情熱でたどるスペイン史 池上俊一著 (読売新聞 2019年3月3日)
https://www.bookbang.jp/review/article/564474
 
書籍紹介:
著者自画自賛 『情熱でたどるスペイン史』めまいがするほど複雑な歴史を、「情熱」という養分で解き明かす (HONZ 2019年2月4日)
https://honz.jp/articles/-/45084
 
岩波ジュニア新書が創刊40年 累計908点、若者に寄り添って (好書好日 2019年12月2日)
https://book.asahi.com/article/12927347
 

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