マイホーム神話の生成と臨界 住宅社会学の試み
本書は、住宅をめぐる商品化の動きや人びとのライフスタイルの変化を通して、日本における消費社会化の進行過程を分析した現代社会論の試みである。具体的には、(1) 住宅の商品化の進展過程 (= 産業システムの高度化)、およびそれと相関する、(2) 居住者像の変容 (= ライフスタイルの変化) という二つの焦点から、第二次世界大戦後の日本社会に生じた構造的な変化の過程を明らかにしている。
本書の前半では、マイホーム神話の生成局面に照準し、高度経済成長期における住宅産業と住宅政策、および持ち家取得へと人びとを動員した住宅広告、これら三者の構造的な連関を分析している。換言すれば、住宅の商品化を支えた構造連関の分析を介して、戦後日本の消費社会化の過程を考察し、それとの相関関係において「マイホーム主義」というライフスタイルの成立を明らかにしている。そして後半では、マイホーム神話が臨界を迎えていく局面に照準し、超高層マンションの実態調査に基づきながら、居住者像が変容しつつある現在の状況を分析している。具体的には、夫婦と子どもからなる核家族的なイメージから、居住空間のマテリアルな差異に敏感に反応する匿名の身体的なイメージへと居住者像が変化していることを考察し、「マイホーム主義」というライフスタイルの持続が困難となっている現状を、消費社会の高度化との相関関係において明らかにしている。
本書では、これらの分析作業を行うために、つぎの二つの方法論的な視点を設定している。すなわち、[1] 産業システムを通じて生産され / 消費される「商品」として住宅を捉える消費社会論の視点、[2] 人びとによって生きられる意味の経験を媒介する「装置」として住宅を捉えるメディア論の視点、以上の二点である。本書は、産業の高度化という社会の構造論的な次元と、人びとによって生きられる社会の意味論的な次元を同時に捉えることにより、住宅をめぐる実践を構造論的 / 意味論的な経験として分析する枠組を提示しており、この複眼的なパースペクティヴが、本書の方法論的なオリジナリティとなっている。
以上をふまえ、本書の学術的・社会的意義を述べるならば、つぎの三点にまとめられる。第一に、理論的観点からの学術的意義は、住宅を生活文化の重要なメディアとして捉え、住宅を媒介として現代の消費社会を分析し、消費社会論を実証的な研究に応用した点にある。第二に、学際的観点からの学術的意義は、建築計画学に見受けられる社会構造論的な視点を消費社会論の問題構成に接続することを通して、社会学と建築学に共通の議論の場を設定し、住宅を分析するための新たな分析枠組を提示した点にある。第三に、政策的な観点からの社会的意義は、都市住宅をめぐる論点 (時間の堆積性・都市の集住性) および今後の課題を提示することを通して、都市住宅政策や住生活の向上を考えるうえで基礎となる知見を提供した点にある。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 助教 山本 理奈 / 2016)
本の目次
第1章 住宅という「商品」-- 戦後日本における住宅の商品化
第2章 脱nLDK論の陥穽からどう脱するか -- 社会学と建築学に共通の問題構成へ
第3章 マイホームの神話作用 -- 住宅広告と生きられる経験
第4章 マイホーム神話の臨界 --「LDK」空間の変容と居住者像の変容
終章 住宅社会学の可能性に向けて
関連情報
日本都市社会学会年報33号 (2015年9月5日)
みすず634号 (2015年2月1日) 書評記事
財界 2014年10月7日号
財界 2014年9月9日号
週刊住宅 2014年6月16日号
日本経済新聞 (朝刊) 2014年4月13日
住宅新報 2014年4月8日号
週刊東洋経済 2014年4月5日号
受賞:
2015年 都市住宅学会賞・著作賞