なぜ心を読みすぎるのか みきわめと対人関係の心理学
私たちは、他者の心を「読もう」とする。もちろん、怪しげな読心術めいたことをおこない、隠された心の秘密を暴くといった話ではない。ここでの「心」とは、考え、意図、感情、態度、性格などのことをさす。私たちの内部にあり、日常の行動や人となりを決めると考えられているものだ。他者の行動に接したとき、私たちは、なぜ、その人がそのようなことをしたのかを考えるが、その際に、これら「心に属するもの」を読もうとするのである。
この営みは、他者とともに生きるにあたって不可欠なことだ。日常の相互作用を円滑に進めるためには、他者の人となりを把握し、行動を予測し、(できることなら) 自分にとって望ましい方向にふるまうよう働きかけていかねばならない。そのために、他者に関する情報を集め、行動を生み出すメカニズムとしての心の役割を読み取っていくのである。
しかし、他者の心を読む営みの本質は、それを超えたところにある。私たちは、他者の心を読むことで、他者を評価し、みきわめ、どのように接するかを決める。他者の善し悪し、正しさ、公正さなど、いわば道徳的ともいえる側面について、いずれに属するのかを判断し、近づくべき対象か、それとも避けるべき対象かを決めていく。いわば、他者を「裁き分けている」のだ。
これは、決して厳しく特殊な人間関係の側面を示したものではなく、社会生活の中で、ごく普通に行われていることだ。例えば、ある人物が「人助けをした」という行動から「純粋な善意」や「人柄の良さ」という心を読み取ったとしよう。その場合、その人は善い人・正しい人と評価され、付き合うに値するとか、自分にたいしても優しく振舞ってくれる人として、安心して一緒にいられると考えるだろう。また、その行いを素直に賞賛したりもするだろう。一方、同じ行動から、取り入りたいとか、貸しを作りたいというような利己的動機を読み取るなら、その他者は悪い人・不正な人である。したがって、あまり近づかないようにしようとか、用心して接していこうと考えるだろう。助けるという行動にもかかわらず、非難するような気持ちを抱くかもしれない。
本書は、このような過程についで、社会心理学の実証的な研究を参照しながら、論じたものである。描き出されるのは、他者の心を、善い・悪い、正しい・間違っている、正当・不当といった軸の上に位置づけ、それにより、他者がどのように扱われるに価するのか、行為に対して背負う責任がいかなるものか、支援や保護にふさわしいのか、それとも非難されるべき存在なのかなどを判断し、それに見合った態度や行動を向けていく私たちの姿だ。またその中で、心を読むことに伴う、様々なエラーやバイアスの意味、また共感、支援、非難、差別などの諸現象との関わりについても考察している。「心の奥を斟酌して他者の振る舞いを評価する」ことが、人間関係、ひいては私と他者からなる共同体を形作る有様を読み取っていただければ幸いである。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 唐沢 かおり / 2017)
本の目次
第2章 性格特性からみる評価の役割
第3章 行動の原因としての心
第4章 心の推論方略
第5章 人間としてみる
第6章 道徳性の根拠としての心
第7章 互いにみきわめあう私たち
関連情報
http://honz.jp/articles/-/44326