東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙にベージュの模様

書籍名

ちくま新書 ものづくりの反撃

著者名

中沢 孝夫、 藤本 隆宏、 新宅 純二郎

判型など

256ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2016年1月6日

ISBN コード

978-4-480-06874-3

出版社

筑摩書房

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ものづくりの反撃

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本書は一般向けの本である。中沢孝夫・福山大学教授 (当時) の発案で、2015年9月に東京大学ものづくり経営研究センターで行った対談が出発点である。中沢氏は広範な現場観察による中小企業論の第一人者。そこに同センターの新宅純二郎教授が通りかかり、ちょうどよい、一緒に話そうと対談が鼎談になり、3人共著となった。1、3、4、6、7章が鼎談で、まえがきと5章は中沢、2章は新宅、「あとがきにかえて」は藤本の書下ろしである。
 
第1章では、日本の国内製造現場の多くが、低賃金新興国との30年近いグローバルコスト競争でも生き残った事実を確認し、当時盛んだった日本製造業衰亡論は実証的にも理論的にも根拠がないと批判する。第2章では、弱体化したとされる日本の電気機器産業の国内現場の実態調査を通じて、彼らが約30年の逆境の中でなおも能力構築を続けたことをデータで示す。自社の中国等の海外拠点に対して、国内拠点は、生産性、製造品質、納期、顧客満足等々の種目で圧勝、負けているのは賃金ハンデが強烈な製造コストだけである。さらに、新興国の賃金高騰と円高是正で、製造コストでも海外に負けない国内現場が増えつつある。
 
第3章では、現場のケイパビリティ論と製品のアーキテクチャ論をもう少し深掘りする。中沢教授は、デジタル化により「現場の単純作業が機械に代替される」という政府等の予想に対し、現場作業の実態が分かっていない机上論だと手厳しく批判する。藤本は、設計の比較優位論を再論し、調整能力の高い日本国内の優良現場は調整集約的な擦り合わせ (integral) 型製品で輸出競争力があると論じる。実際の貿易データもその傾向を支持している。新宅教授も、政府審議会等でも、生産性向上の両輪である生産技術と製造技術 (付加価値の流れを作る技術) の区別ができていない議論が多いと指摘する。
 
第4章では、ドイツが提唱したインダストリー4.0はドイツ国内の中小企業政策としては失敗していると指摘する。他方、日本企業も世界標準を確立できる所ではして、商売改善をすべきだとも指摘する。第5章では、東日本大震災後の被災地域の中小企業を実態調査し、その能力構築に緩みがないことを確認する。第6章は産業地政学的な議論で、日本、中国、韓国、台湾などが、歴史的経緯から異種の組織能力を蓄積し、日本の産業は複雑なインテグラル製品で比較優位を持ちうると示唆する。第7章では、戦前戦後の産業現場の歴史を振り返り、「良い現場」を国内に残すことの重要性を確認する。あとがきは割愛する。
 
総じて本書は、世界金融危機、大震災、円高等で日本のマスコミ・論壇・政府等の言説が情緒的な悲観論に陥っていた2010年代半ばに、それを実証的・理論的に徹底批判した書である。その後の事実経過を見れば、我々が概ね正しかったと言えよう。平成末、日本の製造業の対GDP比率は20%と主要先進国中でも最高水準を維持し、むしろ人手不足の状況にある。
 

(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 藤本 隆宏 / 2019)

本の目次

まえがき

第1章  反撃する製造業―30年間の苦闘を超えて
30年ぶりの夜明け/日本経済を読み解くときに重要なこと/大企業も中小企業も地域性をもつ/マスコミに振り回されるな!/冷戦後の「苦闘の20年」/大企業の子会社でも地域に根ざした現場である/情報産業では90年代から生産性向上が始まった/現場は企業の一部であり、地域の一部でもある/中国の低賃金と生産性で勝負するマザー工場/気概に満ちた現場は生き残る/電機連合の調査報告/印象論で現場を語ることなかれ/強い工場は何がちがうのか?/中国の登場で競争の原理が変わった/日本の中堅企業のずば抜けた競争力/社長になるべき事業部長登場とは

第2章  ものづくり現場力の国際比較試論 (新宅)
日本の収支をささえる製造業/30年間続いた逆境/現場力では海外に圧勝/自動車産業の国際比較/コストでも一部逆転/日本工場と海外工場の今後

第3章  日本の現場は最強である―工場進化論
ものづくりの標準化は競争力を弱める/ものづくりの2類型―インテグラル型とモジュラー型/汎用部品の限界をアーキテクチャから考える/流れ改善に対する国の支援強化を/生産技術と製造技術は異なる/行政は現場に任せよ!/草の根イノベーション―ジタバタする現場は強い/地域で生き残るために現場が進化する/キーワードは高機能―モジュラー型では負ける/内部に隠す情報、外に公開する情報/強い会社は国際標準化を活用する/高機能な擦り合わせ型製品で生き残りを図れ!/標準化商品で競争に勝つためには?

第4章  インダストリー4.0という幻想―日本の競争優位の本質を読み解く
IoTはすでに実現している?!/現在は「インダストリー3.5」?!/ドイツの特徴―インダストリー1.0から4.0へ/産業ネットワークが主戦場に?/現場の生産システムはどう変わるのか/工場のインテリジェント化/インテリジェント化の理想は「回転寿司方式」/標準化できることは標準化する/国際標準をめぐるヨーロッパ内での戦い―コンセンサス標準/幻想としてのインダストリー4.0/日本の能力構築能力は国際標準化できない/アーキテクチャの比較優位論/TPPをどう捉えるべきか/国境を超えないアイデンティティ/生産方式のない新興国

第5章  大震災から甦る製造業―東北復興レポート (中沢)
1年分の受注残・災害からの復活/竹内真空被膜 (株) のこと/(株)アイオー精密のこと

第6章  設計の比較優位
インテグラル型製品はキャッチアップできない/製造業の国内回帰をどう捉えるか―60年代、90年代、そして現在の状況/ASEANの比較優位/歴史的な苦境を生き延びた日本の現場

第7章  貿易立国・日本の針路―戦後経営史から未来を読む
ものづくりの現場から戦後経済史を読む/アメリカの影と経済成長/貿易立国という「国家百年の夢」/安全保障としての現場―円暴落シナリオを超えて/時代によって異なる制約条件/見通し、風通し、見える化/見通しを共有している集団/現場は人を育てる

あとがきにかえて (藤本)
苦闘の四半世紀を超えて/現場と経営の信頼関係―隠れたアドバンテージ/今こそ「現場を活かすグローバル経営」を/変わるべきものと変えないもの
 

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