本書は国際法の教科書である。国際法についてはすでに優れた教科書が数多く出版されている。本書の執筆の話を頂いたときにそれでも執筆してみようと思ったのは、第1に、個性的な共同執筆者の面々との議論が楽しそうであったからであり、第2に、既存の概説書・体系書はそれぞれに魅力的なのだが、おそらく紙幅の限界もあって、様々な規則について、なぜそうした規律が妥当しているのか、国際法全体の中でそのルールはどういう位置づけを占めているのかが必ずしも書かれていないことがままあるという経験を思い起こしたからである。そうした思いで執筆を始めた本書は、4人の執筆者それぞれが持ち寄った原稿を元に数え切れないほどの回数の議論を重ねて出来上がっている。予想通り、共同執筆作業は刺激的で楽しかったが、ページ数が増え、また、出版までに長い時間を要して出版社にはご迷惑をかけてしまったのは、(我々の怠惰もあるが)、上記の第2の点を書こうとすると、国際法の体系の把握や個々のルールの背景にある考え方について、執筆者間で議論を重ねて共通認識を確認する作業が必要であったからでもある。本書の執筆にあたっては、具体的な制度がどのような論理や意義のもとに妥当しているのか、国際法全体の中でどのような位置を占めるのかという点を意識することを心がけたが、その試みがどれだけ成功しているかは読者の判断に委ねるほかない。
法学の勉強というものは、国内法であれば六法に、国際法であれば条約集に書かれている膨大な規範を暗記する必要があって大変に違いない、という考えは、よくある誤った思い込みであって、ある時点での個々の規範の内容を記憶することにはほとんど意味がない。条約は改正されるし、慣習国際法の内容は変遷する。次々に展開していく現実と新しい状況に対して、そのまま適用できる既存の規範が存在しないことなど日常茶飯事であって、個々の規則を憶えてもそうした事態に対応はできない。本書は、法は現実社会において機能するものであるという観点から、できるだけ具体的な事例を挙げながら、国際法が現代の国際社会でどのように働いているのかを述べようと心がけたが、それらの個々の事例とその具体的な解決も、異なる事例にはそのまま当てはまる訳ではない。なぜ、どのような論理によって、ある規範が妥当しているのか、ある制度の趣旨は何かを考えることを通して、新たな事態に直面した場合であっても、合理的で一貫性のある公平な決定を下して利害を調整する方法を学ぶことが法学を学ぶということであることを、本書を通して少しでも感じてもらえたら執筆者としては嬉しい限りである。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 西村 弓 / 2017)
本の目次
第1編 国際社会の法的構造
第2編 国際法規範の形成
第3編 国際社会の空間秩序
第4編 国際法秩序の維持システム
第5編 国際公益の追求