法と社会科学をつなぐ
この本は、社会科学 (経済学、社会学、心理学など) におけるさまざまな概念を題材として、社会科学と法の世界との接点を探っていくことを目的としています。本書のもとになったのは、法を学ぶ学生を対象とした雑誌『法学教室』での連載です。そういう生い立ちですので、高校生や大学初年次の方でも十分に読めるようになっています (実際、小論文問題の素材として使われたことがあるそうです)。
本書前半部の主役は経済学の概念、なかでもミクロ経済学・ゲーム理論の概念です。第一章は個人の意思決定、第二章は複数の個人が存在する場面での意思決定をテーマとしています。これらの章が個人レベル (ミクロ・レベル) に焦点を当てているのに対し、第三章では社会レベル (マクロ・レベルないしメゾ・レベル) の話が中心になります。そして第四章以降は、心理学の概念が徐々に多くなっていきます。大まかに言うと、最初にミクロ・レベル (個人)、次にマクロ・レベル (社会)、そこでの考察を踏まえつつ、再びミクロ・レベル (社会の中の個人) に戻る、という流れになっています。
ところで、法学の考え方と他の社会科学分野の考え方の間には、架橋しがたい断絶があると思われていることがしばしばあります。たしかにそういう部分はあると筆者も思います。しかし、思考プロセスは異なるように見えるけれども結論は同じ、あるいは、実は思考プロセス自体それほど異なっておらず表現のしかたが違うだけ (その違いが重要である可能性を否定する趣旨ではありません)、といったこともよくあります。
さらに言えば、たとえ思考プロセスが真に異質なものであったとしても、目指しているところは似ている、というのもまたよくあることです。結局のところ、法学も他の社会科学分野も、どのようにより良い社会を創って人々の幸福を増進するか、という大きな問題に取り組んでいる点では変わりありません。
目的地へと至る道は、複数あっても損をすることはありません。異なる道があれば予備的に使えるので多少なりとも心強いでしょうし、一方の道に飽きたときに別の道を使うということもできます。また、眼前に開けてくる目的地の様子も、もしかすると違ったものになるかもしれません。
本書を読んで違和感をもつ方もいらっしゃるでしょうし、逆に、当たり前のことしか書いてないじゃないかという方もいらっしゃるでしょう。どちらの感想も大歓迎です。前者のような感想を聞くと、本書を公刊した意義はあったかなと思います。そして、筆者としては、後者のような感想をもってくださる方が今後増えることを願っています。
(紹介文執筆者: 社会科学研究所 准教授 飯田 高 / 2017)
本の目次
(1) インセンティブ / (2) 意図せざる結果 / (3) 限界効果 / (4) トレードオフ / (5) 効率性
第2章 複数の個人の意思決定
(6) 均衡 / (7) 囚人のジレンマ / (8) 社会的ジレンマと公共財 / (9) スタグハントゲーム / (10) 調整問題
第3章 意思決定から社会現象へ
(11) 外部性 / (12) ネットワーク / (13) 市場 / (14) コースの定理 / (15) カスケード現象
第4章 ルールを求める心
(16) 社会規範 / (17) 互酬性と道徳 / (18) 公平性と社会的選好 / (19) 評判 / (20) 人間の心の進化
第5章 人間=社会的動物の心理
(21) 認知バイアス / (22) フレーミングとアナロジー / (23) 感情 / (24) アイデンティティ / (25) 集団
終章
(26) 社会 / (27)社会科学
関連情報
『法と社会科学をつなぐ』を読む / 成蹊大学法学部准教授 (行政法学) 巽智彦
http://www.yuhikaku.co.jp/static/shosai_mado/html/1609/07.html