日常がどのようなしくみで成り立っているのか。これを本質的にわかりたい読者は、しくみがわかればよい生き方ができると期待する人であり、今が生きやすいものでないことに気付いている人である。「ゲーム理論はアート」は、このような読者のための哲学の書である。
本書はさまざまな問題を扱う。経済の繁栄、全体主義、監視社会、貧困救済、バブル、タブー、情報化社会、ハラスメント、テロルなどを通じて、社会のしくみをとらえる眼力が鍛えられる。これらには共通点がある。それは、やみくもに詳細を調べ上げても、事の本質に迫れないばかりか、ますます混乱していく難題という点だ。我々は、つかず離れずのスタンスをとって、問題を調査するための基本方針を定めないといけない。方針があれば、調査はぶれることなく事の本質に迫れる。
こんな基本方針は、論理的に一貫した、社会のしくみを簡潔に表現する社会理論でなければならない。方針をどのように定めるかは、芸術家が作品を生み出すような創造的作業になる。我々は、芸術家がすばらしい作品のアイデアを思いつくように、社会のしくみを思いつかなければならないのだ。
では、社会のしくみを思いつく芸術的、創造的行為はどのように実践されればいいのか。本書はこのような行為の実践の在り方を解説する。それは、ゲーム理論という名の数学を使うことによって理想的になされる。
ゲーム理論は、社会の隠されたしくみを、簡潔で首尾一貫した数学に見立てる。この数学が、社会のしくみをとらえるための仮説的モデルとして、具体的な調査や問題解決のための基本方針に据えられる。ゲーム理論の真骨頂は、日常と空想のはざまで仮説的モデルを思いつこうとする創造的、芸術的行為にこそある。
こんなゲーム理論は、社会と芸術の関係性をもとめようとするモダンアートの試みの中でも最強のアプローチになる。ゲーム理論の仮説的モデルは、数学であるがゆえ、相互に自在に比較検討できる。このことが最強たる所以になる。
たとえば、バブルとハラスメントは、ことなる次元であるにもかかわらず、同じ仮説的モデルによって説明される。全体主義と貧困救済は、ことなる次元であるにもかかわらず、同じアイデアにもとづく仮説的モデルによって説明される。
ことなる社会問題が比較可能になる、こんなゲーム理論のマジックは、よい生き方を問い続ける読者を元気付ける。マジックによって、社会や日常のしくみについての視界は開かれ、地に足がついた気分になれる。生きにくい社会にありながら、ごまかしや偽りのない人生を送りたいと願う素直な気持ちを後押しする。
本書は、従来のゲーム理論の教科書とは趣を異にする。教科書はゲーム理論の数学を解説する。しかし本書は、数学ではなく、ゲーム理論を使って社会を考える「会話言語」を解説するのである。だから数学や専門的概念の詳しい理解は、あまり必要とされない。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 松島 斉 / 2018)
本の目次
はじめに
第1章 ゲーム理論はアートである
アートに出会う
社会科学者になりたい
ゲーム理論のすばらしさ
ゲーム理論事始め
第2章 キュレーションのすすめ
キュレーション1 | PK戦からテロ対策へ
キュレーション2 | 経済の秩序と繁栄とインセンティブ
キュレーション3 | 社会理論へのステップ
第3章 ワンコインで貧困を救う
不都合なインセンティブ
貧困救済の落とし穴
アブルー・松島メカニズムのマジック
第4章 全体主義をデザインする
全体主義に向きあう
マインド・コントロールをデザインする
「監視なき監視」の現代社会
第2部:日本のくらしをあばく
はじめに
第5章 イノベーションと文系
第6章 オークションと日本の成熟度
第7章 タブーの向こう岸
第8章 幸福の哲学
第3部:「制度の経済学」を問いただす
はじめに
第9章 「情報の非対称性」の暗い四方山話
情報の非対称性とは
逆淘汰という失敗
バブルといじめ
第10章 早いもの勝ちから遅刻厳禁
証券取引のしくみをあばく
フラッシュウォーズ
フラッシュ・マーケットデザイン
第11章 繰り返しゲームと感情
囚人のジレンマと繰り返しゲーム
相手の行動をモニターする
理論と現実
第12章 マーケットデザインとニッポン
日本の社会にデザインを
国民による制度設計
あとがき
注
参考文献
初出一覧
関連情報
坂井豊貴 (経済学者・慶應大教授) 評 本よみうり堂「社会事象の『なぜ』説明」 (読売新聞 2018年2月18日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20180219-OYT8T50063/
柳川範之 (東京大学大学院教授) 評 書評 (『週刊エコノミスト』 2018年3月6日号)
https://www.weekly-economist.com/20180306contents/
大竹文雄 (大阪大教授[労働経済学]) 評 今週の本棚 (『毎日新聞』 2018年3月4日)
https://mainichi.jp/articles/20180304/ddm/015/070/024000c
藤田康範 (慶応義塾大学教授) 評 「制度設計の原理説く入門書」 (『日本経済新聞』 2018年4月7日付)
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO29091830W8A400C1MY7000/
橋下努 (北海道大学大学院経済学院教授) 評 REVIEW (『週刊東洋経済』 2018年6月2日号)
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/18157
その他:
エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10にて5位に選書 (『日本経済新聞』 2018年12月30日号)