この本は、中国ナショナリズムの形成について、考察したものです。
ナショナリズムについては、一般的には多くのことが語られてきています。その際には中国のナショナリズムについては、何か非常に特徴的な要素があるのかどうかということが気になります。
この本での私の基本的な主張は、主に二つです。それは、中国ナショナリズムの起源を考えるにあたっては、20世紀最初の10年間こそが最も注目すべき重要な時期であるということ、しかしそのナショナリズムの骨格は必ずしも中国に特有なものではなかったということです。
この本では、なるべく具体的な事柄に即して、上の二つの問題について考えようとしました。たとえば第二章で扱ったのは、1905年の反アメリカ運動です。これは、アメリカ合衆国への華僑の移住に対して、カリフォルニアなどで排斥の動きがおこるとともに、米国連邦政府も華僑の流入を制約しようとする政策をとったことが大きな背景となります。そして、米国で華僑が迫害されているというイメージが中国に広まりました。これに憤った中国の人々は、アメリカ商品を買わないといった対抗措置を取ろうとしました。この運動は、全国の主要都市に広がり、その過程では「中国」のために団結しようという呼びかけがなされました。この運動の成否は、個々の商店がアメリカ製品を取り扱うかどうか、一般の人々がアメリカ製品を買うかどうかということが、大きく関係します。そのための宣伝を通じて、ナショナリズムの運動が展開していったことになります。
もちろん、このような運動に加わったのは、中国全体としてみれば都市部に住む限られた人々であったと言えます。それゆえ、この20世紀初頭の運動は、愛国意識が国民の大半を巻き込んでいくようなものではなく、あくまでもナショナリズムの起源として重要だということになります。そして、農民をはじめとする庶民のナショナリズムの意識はどのようなものかということは、この本では扱いきれず、他の研究者による今後の研究に委ねたことになります。
この本では、このように中国ナショナリズムは、20世紀初頭の世界に流通していた国家主義・民族主義・人種主義などの様々な要素を参照してはじめて成り立ったことを強調しました。その意味では、世界中によく見られる似たような思想・運動と大した違いは無いと考えます。他方では、個々のナショナリズムというものは、あくまでも個性豊かな独自性をもつということを自己主張しなければ、存在意義がないのです。そこで、様々な伝統的な要素を利用して、独自の自己像を描こうとします。本来、ナショナリズムなどというものは一皮むけばどの国も似たようなもので個性に乏しいからこそ、独自の由緒を求める衝動が生じるというわけです。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 吉澤 誠一郎 / 2018)
本の目次
第一章 愛国主義の歴史的位相
第二章 同胞のため団結する―反アメリカ運動 (1905年)
第三章 中国の一体性を追求する―地図と歴史叙述
第四章 辮髪を剪る―尚武と文明への志向
第五章 愛国ゆえに死す―政治運動における死とその追悼
終章 愛国主義の論じかた
関連情報
https://www.iwanami.co.jp/book/b259855.html
受賞:
第1回 山口一郎記念賞 (財団法人孫中山記念会主催)
書評:
中国研究月報 (2005年3月号)
中国史研究 (2004年10月号)
歴史評論 (2004年9月号)
現代中国研究 (2004年9月号)
歴史学研究 第786号 (2004年3月)
リテレール別冊19 ことし読む本いち押しガイド2004 (2003年12月号)
朝日新聞夕刊 (2003年11月26日)
イスラム世界 (2003年9月号)
週刊読書人 (2003年7月25日号)
CHAI (2003年6月号)
朝日新聞朝刊 (2003年5月4日)