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白い背表紙に深緑の表紙

書籍名

章学研究叢書 鼎革以文: 清季革命与章太炎「復古的」新文化運動 (日本語訳: 文を手段とする革命:清末革命と章太炎の「復古」的新文化運動)

著者名

林 少陽

判型など

481ページ、22cm

言語

中国語

発行年月日

2018年4月

ISBN コード

9787208149854

出版社

上海人民出版社

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清朝の支配の終焉・中華民国の成立に至らせた直接な事件は、1911年10月の武昌蜂起であり、一連の武装蜂起こそ辛亥革命の主な内容である、と教科書では教えられてきた。しかし1970年代以来になると、武装蜂起を中心としたこの辛亥革命解釈はアメリカ、日本の中国史研究家、さらに近年の一部の中国の研究者に疑問視されはじめられた。これらの研究者は、地方のエリートを中心とする自治運動こそ、革命の成功に貢献をした、と主張した。
 
本書は上のような研究史を批判的に受けつつ、清末革命の思想家であり碩学である章炳麟 (しょうへいりん)  (一八六九~一九三六、号は太炎) の思想を入り口として、辛亥革命の再解釈を試みた。本書は、地方自治の重要性という研究動向を評価しながらも、地方自治説も武装革命中心説と同様に、次のような不足があると主張した。1) 地方自治説は武装蜂起中心説を相対化した点においてその貢献が著しいが、革命 (武装蜂起) 対改良 (立憲) の二項対立の枠組みに囚われることが依然としてしばしば見られている。2) 程度こそ違え、武装革命説も地方自治説も同様に、清末革命が「文」を手段とする革命でもあり、思想革命でもあることを見逃しているか、評価不足の欠点がある。特に溝口雄三氏の辛亥革命解釈にあるような、中国近世に内在する、省レベルにまで成熟した郷治の伝統によって、革命が成功できたという説は武装革命中心説を相対化するうえで一定的な貢献があるが、革命がグローバルな文脈において起こったものでもある点を説明するのに溝口説は明らかな弱点があることは否めない。本書は章炳麟とその影響下にあった清末革命時期に青年時代を送った魯迅こそが、「文」を手段とする革命の代表であると見た。3) この二つの説が同じく無視したのは、清末革命のグローバル的文脈であり、本書は革命の海外拠点である東京の思想革命としての意味を特に強調した。4) 本書は太平天国の革命こそ実質的に清朝の終焉をもたらした暴力革命であるという観点を前提に、清末革命が太平天国蜂起 (1851-1864) 以来の長い革命の一形態であり継続である点を、今までの説では十分見ていないと主張した。清末革命は「文」を手段とする部分、地方自治による部分、さらに武昌蜂起による部分という三部分からなりたっていること、そして太平天国の反乱の結果であること、を強調した。そうであるがゆえに連動しあっていることを本書は強調した。

上記の観点をベースに、本書は1900年から1911年までの章炳麟の思想を論じた。本書はまず章炳麟が、清末において最大の文学と革命の結社であった南社の世代に与えた影響を、特に明末思想との関連の文脈で論じた。この部分は章炳麟の1910年代の魯迅に与えた決定的な影響を分析した章と呼応している。さらに本書は東京にいた頃の章のアジア主義的実践と思想を、日英同盟や、幸徳秋水らの初期日本社会主義運動、インド独立運動との関連を論じた。同時に、本書はヘーゲル主義に基づく進化論的考えに対する章の思想を紹介した。最後に、章の革命思想を、儒家革命の理論との関連・断絶を論じると共に、中国革命におけるナショナリズムと普遍主義との複雑な関係を論じた。

本書は辛亥革命理論家としての章炳麟の思想論のみならず、清末思想論でもある。タイトルにある「鼎革」は革命という意味であるが、副題にある「「復古」的新文化運動」という言い方は直線的な歴史観に基づく中国新文化運動 (1916-1921) の既存の叙述と枠組みを相対化するものであり、それは清末の新文化運動――このような言い方も常識に反してはいるが――とその後の新文化運動との連続と断絶とをとらえようとするためでもある。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 林 少陽 / 2018)

本の目次

(中国語目次からの翻訳):
 
總論
第一章  清末思想文化運動と「文」を手段とする清末革命
一、  「革命対改良」というニ項対立の問題
二、  「士不可以不弘毅」—何が「清末思想革命」または「「文」を手段とする革命」なのか。
 
第二章  章炳麟と「文」を手段とする清末革命文——複数の革命
一、  清季新文化運動——「辛亥革命」の新しい解釈
二、  「文」と複数の清末革命
 
第三章  章炳麟と「復古」的新文化運動
一、  制度典章の近代化と「復古」的新文化運動
二、  「辨章學術,考鏡源流」という學術史再構築と「復古」的新文化運動
三、  「文學復古」と「復古」的新文化運動
四、  「建立宗教」與「復古」的新文化運動
結語  「亡天下」と「文」
一、  「亡国」と「亡天下」の違い——「文」を手段とする清末革命を見る視点として
二、  本書について
第一編  章炳麟と中国国內の清末革命青年
 
第一章  章炳麟と「南方」言説——章炳麟の影響下の清末革命青年
一、  革命的南方対改良的北方——南北ニ項対立の言説の構築、歴史敘述と革命
二、  章炳麟小学 (漢字学) 研究における「南方」
三、  『国粹学報』と「南方」言説——章炳麟との関連
 
第二章  「南方」言説の典型としての南社——章炳麟、「文」の革命と清末革命青年
一、  章炳麟と清末革命青年または“五四”新文化中年——南社を例に
二、  章炳麟と柳亞子——清末革命青年導師と“五四”新文化運動老人との間に
三、  中国史構造としての「南方」及びその再生產
結語  「文」を以て「南方」を上演する
第二編  東京の章炳麟と中国革命のなかの「民族」「国家」の問題
 
第三章  東京の章炳麟——国民国家を乗り越えようとする民族主義者
一、  章炳麟における早期の日中を主体とするアジア連帯構想——「黄禍」論との関連
二、  東京期間の章炳麟のアジア連帯構想の変化——亞洲和親會
三、  日英同盟と亞洲和親会の成立
四、  章炳麟とインド
五、  清末革命とインド表象
六、  人の自主とアジアの自主——「方法」としてのインド
 
第四章  アナーキズムを批判するアナーキスト——章炳麟と早期日中アナーキズム運動との関連
一、 章炳麟と早期中国のアナーキズム革命について——中国革命の複数性と継続性
二、  章炳麟の早期アナーキズム的言語観及び「文明」言説に対する批判——清末アナーキズム/社社会主義と「五四」新文化運動との関連
三、  章炳麟、劉師培と同時代日本アナーキズム/社会主義運動
四、  「玉卮無當」(底なしの玉杯) ——清末革命と章炳麟のアナーキズム革命者に対する批判
 
第五章  国家を否定する立国者——章炳麟の国家理論及びそのヘーゲル批判
一、  章炳麟の国家論——近代政治思想史の視点
二、  章炳麟の政治思想とそのヘーゲル批判
三、  国家権力を否定する国家論——ナショナリズムとアナーキズム、帝国主義批判との関連
結語  国家否定の章炳麟の「国学」——「亡天下」の危機とその思考者
一、  国家否定のナショナリズムと反ナショナリズムのナショナリスト
二、  「個体が真,団体が幻である」
第三編  清季章炳麟與革命儒學
 
第六章  章炳麟と革命儒学 (上)
一、  狂狷と「去勢された」近代中国の「哲学」
二、  狂狷と章炳麟の「哀」と「独」という概念——『訄書』初刻本における儒学革命の思想
三、  狂狷と革命道德——東京『民報』期における章炳麟の儒学革命の思想
 
第七章  章炳麟と革命儒学 (下)
一、  近代における狂を論じる系譜と「鄉願」批判の系譜——清末革命と“五四”新文化運動の共通の課題
二、  章炳麟の鄉願論——もう一つの狂狷論または宋明儒学論
三、  狂、狷と民——章炳麟の文史評價基準
四、 「立德自情不自慧」——狂狷と文の倫理性
結語 皇権という治統と知識份子の道統——革命治統論と「狂狷」
第四編 「復古」的新文化運動と「反復古」的新文化運動との間に——章炳麟と魯迅との関連と断絶
 
第八章  魯迅どのように「章炳麟」に「影響」を与えたのか?——「復古」的新文化運動と「反復古」的新文化運動
一、  「魯迅」がどのように「章炳麟」に影響を与えたのか。
二、  追悼の政治——瀕死する共和、瀕死する魯迅とすでに亡くなった章炳麟
 
第九章  清末革命導師の章炳麟と清末革命青年の魯迅
一、  清末革命時期魯迅の文章と章炳麟
二、  魯迅の「偽士當去,迷信可存」と章炳麟の宗教を以て革命するという思想
三、  右に「国民主義」に反対し、左にコスモポリタニズムを相対化する
四、  「獸性愛国主義」の否定者としての魯迅と章炳麟
五、  “漢文の詞”も“亦た文明を輸入する利器なり”——清末革命青年の魯迅の言語觀と章炳麟
結語  “復古”的新文化運動と“反復古”の新文化運動との間に
一、  “理性の私的使用”と“理性の公的使用”との間——章炳麟と魯迅における“亡天下”危機意識または“文”の再構築を見る視点として
二、  清末革命新青年、“五四”新文化新青年と“五四”中年旗手との間に
索引
後書

関連情報

本書は、2018年5月31 日に、中国のネット会社鳳凰網「五月高見之書」(高い見地を有している十冊の書籍) の一冊に(https://pl.ifeng.com/opinion/gaojian/special/182/)、そして、6月15日に中国の大手ネット会社騰訊 (Tencent.com) が主催する「華文好書五月榜單」(中国語書5月ベスト10) の一冊、に入選された (https://new.qq.com/omn/20180605/20180605A14VQB.html)。 また、中国語書評誌『中華読書報』「2018年8月推薦書ベスト20冊」にも入選され(http://epaper.gmw.cn/zhdsb/html/2016-08/10/nw.D110000zhdsb_20160810_1-09.htm)、そして「2018年上海ブック・フェア」で「歴史学編集者による歴史学推薦書ベスト5冊」の一冊にも選ばれた (推薦社:『中華読書報』) (https://baijiahao.baidu.com/s?id=1609370880270288638&wfr=spider&for=pc)。

 
書評:
王銳評「『鼎革以文』“文質彬彬”: 章太炎主義在今天可能嗎?」(『彭拜新聞』2018年06月05日)
https://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_2169646
 
汪尡甫「章太炎:有學問的革命家」(『北京晚報』2018年06月22日)
http://bjwb.bjd.com.cn/html/2018-06/22/content_258846.htm
 
張鈺翰「從“文”的革命的角度認識晚清革命」(『中華読書報』2018年7月18日)
 
維舟「国学的革命性」(『澎湃新聞』2018-07-27)
http://www.chinesethought.cn/detail.aspx?nid=92&pid=97&id=6487
 
王锐「如何理解章太炎——在『鼎革以文』讀書會上的發言」(『愛思想』2018年8月11日)
http://www.aisixiang.com/data/111539.html (初出『保馬』)
 
吳劍修「“復古”的三個維度」『南方都市報』(初出) 2018-07-29
http://www.sevenyin.com/index.php?app=book&ac=show&id=6044
 
章念馳「評章太炎:以「文」為手段的革命者之典範」 (『 中華讀書報』2018年08月16日)
http://www.qstheory.cn/books/2018-08/16/c_1123263264.htm
 

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