叢書: 制度を考える 比較制度分析のフロンティア
International Economic Association (IEA、国際経済学会連合) は、各国の経済学会の連合体として、1950年に創設された。2008年にスタンフォードの大学の青木昌彦教授が第21代会長に就任し、青木教授は会長として2011年にIEAの世界大会を中国の北京で開催した。本書は、この大会で行われた招待講演の中から青木教授が選択した13の講演の原稿を邦訳し、神取道宏教授と私が執筆した序論を加えて編集したものである。青木教授は2015年に急逝されたため、本書は青木教授の遺作となった。
青木教授は、経済計画論、企業理論、日本経済論等、さまざまな分野で卓越した業績を挙げ、それらをふまえて比較制度分析 (Comparative Institutional Analysis) という新しい研究アプローチを、スタンフォード大学の同僚、ポール・ミルグロム教授、アブナー・グライフ教授等と提唱した。比較制度分析は、それまでの経済学では与件としてあつかわれてきたさまざまな制度を、ゲーム理論を用いて内生的に説明し、分析するアプローチである。すなわち、比較制度分析では、制度は個々の企業や個人、場合によっては政府がプレイするゲームの均衡と捉えられる。そしてそのことによって、個々の制度の安定性・径路依存性、制度間の補完性といった現実の、制度について観察されるさまざまな特性を適切に理解することができる。
本書に収録された13本の論文の対象は、日本・中国の比較政治経済史、現代中国経済、金融契約等、多岐にわたるが、それらの基礎にはいずれも、青木教授等が提唱した比較制度分析の視点が共有されている。このアプローチをもっともよく体現しているのは、青木教授自身による第1章「政治-経済的プレイにおける前近代から近代的状態への移行: 明治維新と辛亥革命」 (波多野駿 訳) である。この章では、日本と中国で17世紀から19世紀にかけて生じた、200年以上にわたる政治体制の安定とその後の体制移行に焦点を当て、そのメカニズムをゲーム理論のモデルを用いて比較分析している。より具体的には、支配者、挑戦者、機会主義者の3人のプレイヤーが構成する政治経済学的モデルを構築し、それを理論的に分析することを通じて体制が安定的に維持される条件および体制移行が生じる条件を導いている。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 岡崎 哲二 / 2017)
本の目次
第1章 青木昌彦「政治-経済的プレイにおける前近代から近代的状態への移行: 明治維新と辛亥革命」
第2章 ジャン=ローラン・ローゼンサール / ビン・ウォン「大分岐を超えて: 中国とヨーロッパの経済史の新しい考え方」
第3章 デビン・マ「政治制度と長期経済戦略: 中国文明二千年の教訓」
第4章 ギャレス・オースティン「アジア・アフリカの発展『径路』と『文明』: 文化主義と物質主義をいかに統合し、長期の経済実績を説明するか」
第5章 カーステン・ヘルマン=ピラート「中国の制度変化を理解する: 経済成長と近代化の文化的次元」
第6章 神取道宏「経済学の理論と現実: 3つの寓話の洞察」
第7章 ブライアン・スカームズ「社会契約を自然化する際の諸側面」
第8章 ロバート・サグデン「規範の創発と再生産における顕著さの役割」
第9章 ドメニコ・デリ・ガッティ / マウロ・ガレガティ / ブルース・C・グリーンヲルド /アルベルト・ルッソ / ジョセフ・E / スティグリッツ「産業間不均衡と長期的危機」
第10章 清滝信宏「金融契約へのメカニズム・デザイン・アプローチ」
第11章 呉 敬璉「経済学と中国の経済的台頭」
第12章 楼 継偉「中国が引き続き深化させるべき6つの制度改革」
第13章 許 成鋼「中国における構造問題の制度的基礎」