経済史から考える 発展と停滞の論理
本書は、経済史、すなわち経済の歴史に関する研究が生み出してきた知見を参照しながら、今日の経済社会が直面しているさまざまな問題について論評したものである。本書のもとになったのは、数年間にわたって筆者が新聞や雑誌に寄稿してきたコラムと記事であり、それらを編集したうえで新たに書き下ろした文章を加えた。経済史に関する知見は、経済学および広く社会科学の理論的枠組みと統合的に用いることによって、今日の諸問題にも有益な教訓を提供する。本書の前提にはこのような考えがある。
本書で取り上げているテーマは、「アベノミクス」と呼ばれる現在のマクロ経済政策、財政とそれをめぐる政治経済学、経済成長・イノベーションと産業政策、企業を含む組織のガバナンス、危機管理、立憲主義と政治、経済史研究の現状である。論点が多岐にわたるため、いくつかの点にしぼって簡単に内容を紹介したい。マクロ経済政策に関する部分は書き下ろしであり、「アベノミクス」の経済への影響を、1930年代の「高橋財政」とマクロデータで概括的に比較している。2013年4月に始まった金融の「異次元緩和」は、マネタリーベースの増加の点で、それ以前の金融政策だけではなく、高橋財政下の金融政策と比較しても文字通り異次元のものであった。しかし、高橋財政と比べると、マネーストック、物価、輸出、鉱工業生産へのインパクトは著しく小さい。本章ではこうした差違を明らかにしたうえで、その理由について論じている。
財政について、政治家は有権者の反応をうかがい、楽観論に基づいて、支出削減や増税といった国民に不人気な施策を先送りする傾向があり、近年の日本の消費税率引き上げをめぐる政治過程はその典型である。本書では、軍事費と国債発行が急膨張し財政の持続可能性について懸念が生じていた1930-40年代の日本で、どのような論拠によって国債にもとづく軍事費の拡大が正当化され、それがどのような事態に帰結したかを論じている。
マクロ経済政策が経済成長に限定的な効果しか持たない今日の日本で、イノベーションを加速することは喫緊の課題であり、この課題を解決するうえで大学が担う役割は大きい。一方で日本の大学の研究・教育に関する評価は世界の主要大学の中で相対的に低下しつつある。本書では、日本の大学における研究・教育を高度化するための施策について論じている。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 岡崎 哲二 / 2018)
本の目次
第1章 「アベノミクス」をどう評価すべきか: 1930年代との比較
第2章 マクロ経済政策の是非
第3章 根拠なき楽観の帰結
第4章 政策形成の理念と現実
第5章 経済成長のための戦略
第6章 ガバナンスと組織運営を問い直す
第7章 危機対応への教訓
第8章 何を改革し、何を守るべきなのか: 立憲主義の重み
第9章 歴史からの洞察: 知恵と危うさ
補論1 政治システムと財政パフォーマンス: 日本の歴史的経験
補論2 日本における経済発展と所得分配: 戦前期の所得格差―府県別所得上位集中度の推計と分析
あとがき