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波模様、薄ベージュの表紙

書籍名

岩波講座 世界歴史 第17巻 近代アジアの動態 19世紀

著者名

吉澤 誠一郎、 林 佳世子 (責任編集)

判型など

318ページ、A5判、上製、カバー

言語

日本語

発行年月日

2022年7月28日

ISBN コード

9784000114271

出版社

岩波書店

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近代アジアの歴史は、一種の決まり文句で説明されてきました。老大国の保守的な姿勢、停滞した社会情勢、欧米諸国の軍事的優位とアジアの植民地化などなどです。そして、ときには、アジアの中で日本のみが進取の気象に富み、いち早く近代化を成し遂げたという指摘がなされます。
 
しかし、このような見方は、近代アジア各地の社会が持っていたダイナミクスを見逃しています。私が編集に加わった『岩波講座 世界歴史』第17巻は「近代アジアの動態」と題して、最近の研究を踏まえた新しい歴史像を提供することを試みました。
 
まず、この『岩波講座 世界歴史』について紹介しましょう。実は、この『岩波講座 世界歴史』全24巻は、三代目です。最初の『岩波講座 世界歴史』は1969~1971年に刊行され、第2シリーズは20世紀末に編集・刊行されました。それぞれ当時までの研究成果にもとづいて、広い読者に向けて世界史について論じたものです。今回の第3シリーズは、21世紀に入ってからの研究動向と厳しさをます世界情勢を踏まえて、新たな視点から世界史を把握しようとしました。
 
19世紀のアジアを全体として扱う『岩波講座 世界歴史』第17巻は、オスマン帝国史の専門家である林佳世子教授と私が、編集の責任者となりました。この巻では、停滞と後進という近代アジアのステレオタイプを払拭し、アジア各地で生き生きと歴史が動く様相を提示したいと考えました。そして、当時の人々の奮闘と苦悩を少しでも理解することを重視しました。この巻は、本文11章とコラム5本から成っています。それぞれの執筆者は、多彩な近代アジア社会の動向を印象的に叙述しています。本当は、もっと取り上げたい事柄は多かったのですが、ページ数の制約がありました。
 
私は、総論として「19世紀アジアの動態と変容」を執筆し、次の点について指摘しました。(a)19世紀前半に存在した各地の王朝は、決して無能な停滞した存在ではなく真剣に自己改革を試みていたこと、(b)イギリスが掲げた自由貿易の理念のもとで、アジアの王権や商人も経済的利益を確保したこと、(c)アジア各地で新しい宗教的な啓示が現れ、変動する社会における人々の救済をめざしたこと、(d)19世紀半ば頃から欧米で急速に進んだ軍事技術の革新の結果、新しい軍事的学知を使いこなせる社会への転換が促されたこと。
 
このような諸点への着目によって、19世紀アジア各地には個性的な歴史の動態があり、しかもアジアを通じて同時代的な共振の現象もみられることを述べました。たぶん、19世紀のアジア全域を概観しようとした文章は、世界的にも珍しい試みだったと思います。そして、19世紀の日本が直面していた課題とそれに対する試行錯誤は他のアジア諸地域とも大いに共通していたことも、ある程度示すことができたと考えています。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 吉澤 誠一郎 / 2023)

本の目次

展望|Perspective
 
 一九世紀アジアの動態と変容……吉澤誠一郎
  はじめに
  一、国家統治の再編
  二、海域秩序の変動
  三、宗教運動の展開
  四、一九世紀軍事革命の衝撃
  おわりに
 
問題群|Inquiry
 
 オスマン帝国の諸改革……秋葉 淳
  一、改革の諸前提
  二、タンズィマートの統治方法(一八三九―七六年)
  三、アブデュルハミト二世の時代(一八七六―一九〇八年)
  四、改革の帰結
 
 一九世紀インドにおける植民地支配――司法と教育……井坂理穂
  はじめに
  一、司法制度と在地社会
  二、教育制度と在地社会
  結びにかえて
 
 朝鮮の経済と社会変動――財政と市場、商人に注目して……石川亮太
  はじめに
  一、一九世紀の経済基調――「一九世紀の危機」論をめぐって
  二、開港以前の財政と市場
  三、開港と国際市場への参入
  四、開港後の財政と商業
  五、日清戦争―大韓帝国期への展望
  おわりに
 
焦点|Focus
 
 変容する「アラブ社会」……黒木英充
  はじめに
  一、オスマン帝国統治機構の近代化と宗派間対立への国際介入
  二、人の移動とアラビア語公共圏
  おわりに
 
 イランの一九世紀……阿部尚史
  はじめに
  一、カージャール朝の成立と統治構造
  二、列強・近隣諸国との関係
  三、地方社会の変容
  四、イランの「近代化改革」とナショナリズム
  おわりに――イラン立憲革命への道
 
 ロシアと中央アジア……宇山智彦
  一、ロシア帝国の改革とアジア系少数民族統治
  二、ロシア帝国の中央アジア進出・征服と現地諸勢力
  三、ロシア帝国の中央アジア統治制度とイスラーム
  四、中央アジア統治の欠陥と現地人の適応
  五、帝国―植民地関係の変容と知識人の改革運動
  六、帝国崩壊と国民国家形成の長い道のり
 
 一九世紀の清・チベット関係――境界地域の視点から……小林亮介
  はじめに
  一、ダライ・ラマ政権と清の境界地域
  二、一九世紀のアムドとカム
  三、二〇世紀初頭のアムドとカム
  おわりに
 
 近代シャムにおける王権と社会……小泉順子
  はじめに――一九世紀シャムへのアプローチの変容
  一、バウリング条約締結と経済的影響
  二、領域国家の形成と王権
  おわりに――統治制度の整備と「タイ」臣民の形成
 
 清朝の開港の歴史的位相……村上 衛
  はじめに
  一、清朝の限界
  二、開港場システムの成立
  三、清朝の限界克服とその背景
  四、開港と内地の構造
  おわりに
 
 日本経済発展の始動……谷本雅之
  はじめに
  一、近世日本経済の動態と達成
  二、経済発展の始動と複層性の源流
  三、「富国強兵」と政府の役割
  四、対外経済関係の視点――小括に代えて
 
コラム|Column
 環ベンガル湾世界の植民地化――ミャンマー/ビルマに焦点を当てて……長田紀之
 カイロの預言者生誕祭からみたエジプトの近代……高橋 圭
 清朝の変容とモンゴルの独立……橘 誠
 ジャワにおける植民地統治の進展と社会の分裂……菅原由美
 太平天国の「女性解放」言説をめぐって……倉田明子
 

関連情報

『岩波講座 世界歴史』(全24巻)
https://www.iwanami.co.jp/news/n43808.html
 
『岩波講座 世界歴史』全巻構成
https://www.iwanami.co.jp/news/n43810.html

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