東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙にコバルトブルーで鳥と人物のイラスト

書籍名

古典新訳文庫 マノン・レスコー

著者名

プレヴォ (著)、 野崎 歓 (訳)

判型など

文庫判ソフト

言語

日本語

発行年月日

2017年12月7日

ISBN コード

978-4-334-75366-5

出版社

光文社

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マノン・レスコー

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フランス恋愛心理小説の礎を築いた傑作と謳われる作品である。地方名門貴族のおぼっちゃまとして何不自由なく育った17歳の青年デ・グリューは、あるとき馬車から降りてきた一人の少女にたちまち心を奪われ、翌日には彼女と二人、パリに出奔してしまう。デ・グリューの運命を一変させてしまう魔力をもつその少女こそマノン・レスコーにほかならない。
 
1733年にフランスで刊行されるや、人々は「火事現場に駆けつけるごとく」この書物に群がったという。そして内容の不謹慎さによってたちまち発禁処分が下された。だがモンテスキューもヴォルテールもルソーも、本書を熱心に読み、その魅力に打たれたとおぼしい。19世紀ロマン主義の時代に入るや、もはやマノン崇拝を妨げるものは何もなくなった。「マノンよ、きみは真実そのものだ」と詩人ミュッセは賛辞を捧げ、小説家モーパッサンは「マノンこそが女というもの、かつてもいまも、そしてこれからもずっと女がそうであるところのすべて」と断言した。マノンの物語は演劇・オペラ化され、さらに20世紀に入ると映画化されて、ヒロインの名は世界にとどろいたのである。
 
しかし有名になったマノンには、「悪女」のレッテルもまたべったりと貼りつけられてしまった。マノンは純情なまじめ青年の人生を狂わせる「ファム・ファタル」すなわち「宿命の女」、「魔性の女」とされてしまったのである。
 
だがそれは本当のことなのか? 男性中心目線の読み方による一方的断罪ではないのか?
 
そもそも、恋愛文化全般が退潮気味だと伝えられる21世紀日本において、いまなおデ・グリューとマノンの物語は読み継がれるに足るのだろうか?
 
そのとおり、ぜひとも読まれるべきだ、というのが私の考えである (そうでなければわざわざ翻訳までしない)。一方で、これは何しろ18世紀のフランス人が書いた小説であり、私たちの現実からははるかに「遠い」。その遠さが実に面白いのだ。アンシャン・レジーム (旧体制) 下、貴族制度に基づく世の中とはこういうものだったのかと身をもって感じさせる。別世界に遊びながら歴史を、社会を考えさせてくれる。これぞ小説ならではの有難味だ。
 
しかもそのアンシャン・レジームのただなかで、若い二人がじりじりと追い詰められていく様子は、たえずサスペンスをはらみ、その展開はまったく予断を許さない。一寸先は闇のスリルは、まさしく現代的ではないか。もちろん私たちがだれしも、こんな体験をするわけでは毛頭ない。「経験はだれでも自由に得られる特典ではない」と著者プレヴォはまえがきで述べている。「それゆえ、多くの人々にとって美徳を実行するうえでの規範となりうるのは実例だけなのである」。究極的な実例としての意味を、この小説はいまだ失っていない。恋愛離れの時代においてその価値はいや増すであろう。
 
翻訳の苦心については何も申し上げるまい。読者よ、どうか手に汗握りつつ、本書を楽しまれんことを。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 野崎 歓 / 2018)

関連情報

書評:
永田翔希 (学習院大学人文科学研究所フランス文学専攻博士前期課程2年) 評
【書評キャンパス】大学生がススメる本 (週刊読書人ウェブ 新聞掲載日2018年7月20日)
https://dokushojin.com/article.html?i=3800
 

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