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白い表紙に魚眼レンズ風の工場写真

書籍名

研究開発機能の空間的分業 日系化学企業の組織・立地再編とグローバル化

著者名

鎌倉 夏来

判型など

288ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2018年2月23日

ISBN コード

978-4-13-046125-2

出版社

東京大学出版会

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研究開発機能の空間的分業

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「産業の空洞化」という言葉でイメージするのは、どういった現象でしょうか。一般的には、人件費を抑えることのできる国に生産機能が移転してしまい、日本国内では工場閉鎖が相次ぐといったことが思いつくでしょう。一方で、製造業において、新たな製品を生み出すために行われる研究開発機能の立地は、生産機能のように変化していないのでしょうか。より端的に言えば、「研究開発機能の空洞化」という現象は、生じていないのでしょうか。これに関心を持った学部4年生の頃の筆者は、人文地理学という分野で、様々な企業へのインタビュー調査を中心に行いながら、この問いに取り組むことにしました。その成果をまとめた本書では、日系化学企業を対象に、研究開発機能における国内での分業の変化と、グローバルな空間的分業の動態を分析しています。
 
日系の製造業企業は、欧米系の企業と比較し、研究所を日本のみに設置し、国内を中心に研究開発活動を展開しているとされてきました。しかしながら、日本国内だけでしか需要のない商品を開発する「ガラパゴス化」といった現象に象徴されるように、企業がより成長の見込まれる海外市場に進出するにあたって、国内だけでの研究開発活動には限界があります。今後、少子・高齢化による国内市場の縮小が見込まれる中で、日系企業にとって、海外市場の更なる開拓が喫緊の課題です。こうした課題に対処するにあたっては、研究開発機能の集中してきた国内拠点の役割を再検討し、海外拠点の立地優位性を活かしながら、国内外において戦略的な分業体制を築くことが必要になっています。
 
本書の研究を行うにあたっては、事例企業の国内外の研究開発拠点を訪問し、大変多くの方々に貴重な時間を割いていただきました。大学院生の筆者にとって、大企業の研究開発担当者や、現地法人の代表といった方々にお会いするのは、まるで就職活動のようで、緊張の連続でした。ただし、自身の研究について理解を得て、時間内に必要な内容を話していただくことの難しさと楽しさを多く経験できたことは、研究人生における大きな糧となっています。
 
事例を分析していくと、製品の現地対応のための開発はグローバルに展開されているものの、企業のコアとなる技術の深耕に関しては、技術流出が大きな懸念材料となっていました。本書の結論としては、知財制度の整備されている日本国内への集中が大きく変わることは、現状では考えがたいとしています。つまり、「研究開発機能の空洞化」は、少なくとも日系化学企業においては、まだあまり顕在化していないということです。しかしながら、企業が事業のグローバル化を進める際に、研究開発機能を海外にどの程度シフトする必要があるのかという点は、依然として検討すべき課題です。本書で扱った事例の数々が、今後の日系企業における研究開発機能のグローバル化のあり方を考える一助となればいいなと思っています。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 助教 鎌倉 夏来 / 2018)

本の目次

  序  章  問題の所在と分析枠組み
第I部  研究開発機能の分析理論と化学産業における動向
  第1章  研究開発組織の空間的分業論
  第2章  世界の化学産業の概要と研究開発の動向
  第3章  日本の化学産業における研究開発の概要
第II部  企業における研究開発活動とグローバル化
  第4章  旧財閥系総合化学企業の組織再編と研究開発
  第5章  繊維系化学企業の企業文化と研究開発
  第6章  機能性化学企業の技術軌道と研究開発
  第7章  研究開発機能のグローバル化と空間的分業
  終  章  研究開発機能における空間的分業論の課題
 

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