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和紙のような表紙に農業のイラスト

書籍名

明石ライブラリー162 多国籍アグリビジネスと農業・食料支配

著者名

北原 克宣、 安藤 光義 (編著)

判型など

208ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2016年10月22日

ISBN コード

9784750344317

出版社

明石書店

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多国籍アグリビジネスと農業・食料支配

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本書は、2015年度政治経済学・経済史学会春季学術大会「多国籍アグリビジネスによる農業・食料支配の現段階」における4本の報告とコメントに基づいて構成されたものである。本書を読むことで学会ではどのような報告や議論がされているのかが、この分野の初学者の方にも分かっていただけると考えている。
 
本書のポイントは、世界規模で進む資本による農業包摂の現段階を明らかにした点にある。
 
その中心に位置するのがアメリカである。コーンエタノールの自動車燃料への混合を義務づける政策が人為的なトウモロコシ需要を創出し、ここに過剰貨幣資本が流入し、世界的な穀物価格の高騰をもたらした。これは穀物関連セクターを支えるための財政負担を全世界の実需者・消費者に転嫁することに成功したことを意味している。その一方、アメリカ国内では穀作農業の規模拡大と大規模経営への生産の集中が一層進み、家族経営が担い手となっているものの、モノカルチャー化、除草剤・除草剤耐性GM種子パッケージの普及、プラウ耕の衰退という事態が広がっており、直接的な生産過程についても資本による支配が強まっている (磯田 宏)。
 
ブラジルの大豆生産についてもGM作物の普及と大規模化を伴いながら、産地を移動させつつ、アメリカと同様の事態が進行している。ブラジルの大豆・家畜コンプレックスはアグリビジネスによる寡占支配構造にあり、特に中西部では、種子・肥料・農薬等の投入財の現物提供を受けて大豆を生産・出荷する契約栽培が拡大しており、資本による農業の包摂が強まっている (佐野聖香)。
 
日本でもドール・フードが1998年から青果物の契約生産を開始、2000年からはフランチャイズ型の農業生産法人を全国に設立してきた。しかし、日本には耕作者主義を理念として掲げた農地制度や全国津々浦々まで組織された農業協同組合があるため、農業生産過程の資本による包摂は低い段階にとどまっているという違いがある (関根佳恵)。この農地制度の壁を突破するため国家戦略特区が活用され、資本による農地所有が実現されようとしている。
 
育種でも資本の包摂が進んでいる。ニューバイオテクノロジーの育種への応用は、植物知的財産権の保護に特許の積極的導入をもたらすだけでなく、育種の担い手としての巨大企業の登場をもたらすことになった。世界最大の市場となる中国は、主食用穀物生産は基本的に公的育種による種子供給を維持しているが、飼料と食料油は、そうした巨大企業の支配下にある輸入大豆にとって代わられてしまった (吉田義明)。
 
こうした一連の動きは「金融化」として把握することができる。様々な金融アクターが、社会的にも空間的にも遠い位置から、豊富な資金力と高い技術力を持って農業・食料部門に参入し、これまでの構造を一変させ、流通はもちろん、生産の場面でも決定権を握るような事態が進行しているのである (立川雅司)。
 
このように資本による農業・食料の支配の強まりは、社会の隅々までシステム化を推し進めていくことになるだろう。本書を手に取って、農業・食料問題に対する新たな切り口を目にしていただけると幸いである。
 

(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 教授 安藤 光義 / 2019)

本の目次

はしがき (北原克宣)

第一章 米国におけるアグロフュエル・ブーム下のコーンエタノール・ビジネスと穀作農業構造の現局面 (磯田 宏)
  第一節  問題の背景と課題の設定
  第二節  アグロフュエル・ブーム下の米国コーンエタノール・ビジネスの展開と構造
  第三節  穀作農業構造の現局面――全国的状況の統計分析から
  第四節  穀作農業の「工業化」と矛盾の存在状況――サウスダコタ州の実態分析を中心に
  第五節  アグロフュエル・プロジェクトによるエタノール産業と穀作農業構造への刻印

第二章  ブラジルにおける多国籍アグリビジネスの展開と農業構造の変化 (佐野聖香)
  はじめに
  第一節  大豆生産および大豆加工の現状
  第二節  大豆・家畜コンプレックスにおける支配構造
  第三節  大豆生産と農村融資制度
  おわりに――対抗軸構築に向けて

第三章  多国籍アグリビジネスの事業展開と日本農業の変化――新自由主義的制度改革とレジスタンス (関根佳恵)
  はじめに
  第一節  日本における多国籍アグリビジネスの事業環境の変化――新自由主義的制度改革
  第二節  多国籍アグリビジネスの操業実態と日本農業の変化
  第三節  消極的レジスタンスと積極的レジスタンス――資本・土地所有・賃労働の対抗関係の視点から
  おわりに――オルタナティブを超えて

第四章  バイオテクノロジーと知的財産権――植物遺伝資源の利用と独占の現段階 (吉田義明)
  はじめに
  第一節  育種技術の発展と担い手の変化
  第二節  中国における食料市場と育種技術の対応関係
  補論  自家採種と種子市場の拡大について

第五章  農業・食料の「金融化」と対抗軸構築上の課題 (立川雅司)
  はじめに
  第一節  農業・食料の金融化
  第二節  バイテクの現段階――「新たな育種技術」
  第三節  対抗軸構築が直面する課題
  おわりに

おわりに  資本による農業包摂の現段階――大会司会者によるまとめ (安藤光義)

政治経済学・経済史学会二〇一五年度春季学術大会 (総合研究会) (記録: 小濱 武・西川邦夫)
  「多国籍アグリビジネスによる農業・食料支配の現段階」
  I 報告・コメント
  II  討論
  III  総括

あとがき (山崎志郎)
 

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