東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に雲状の赤い模様 

書籍名

岩波新書 視覚化する味覚 食を彩る資本主義

著者名

久野 愛

判型など

232ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2021年11月19日

ISBN コード

9784004319023

出版社

岩波書店

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視覚化する味覚

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「目で食べる」という言葉があるように、私たちがある食べ物を「美味しそう」「新鮮そう」と感じる際、視覚は大きな役割を果たしています。ただ、野菜や果物を含め多くの食品は、その見た目、特に色は人工的に創り出されたものでもあります。本書は、主に1870年代から1970年代の米国に焦点を当て、人々が「自然」だと思う色 (例えば赤いトマトや黄色いバナナ) がいかに歴史的に構築されてきたのか明らかにしています。なぜ人はある特定の色をその食べ物の「自然な」色だと思うようになったのでしょう。また、なぜ今日、スーパーマーケットで見かける品種や色は画一的なのでしょうか。本書は、19世紀末まで遡り、私たちが目にする世界がどのように作り出されてきたのか、食べ物の色に焦点を当てながらその歴史を探ります。
 
19世紀末以降、技術革新や産業の発展により、食品や化粧品をはじめ様々な産業で、企業は色や匂いを数値化するなど、それまで主観的なものと考えられてきた感覚を客観的かつ科学的に解明し操作できるものとして扱うようになりました。技術革新と大量生産・大量消費を特徴とする消費主義経済の中で、消費者の五感に訴える商品やマーケティング手法はより巧妙になるとともに、多くの企業にとって不可欠な要素となったのです。さらに人工的に作り出された色や匂い、味などは、モノの品質判断基準や消費のあり方を大きく変化させてきました。本書は、特に食品企業の生産・マーケティング戦略や政府の食品規制、「自然な」色の再現を可能とする技術的発展、消費者の文化的価値観 (特に自然観) の変化に注目し、食べ物の色を通して、「自然」と「人工」という概念の境界が流動的であること、さらに味覚や視覚といった五感の歴史性や社会性について分析しました。
 
本書は、経営史研究と感覚史研究の手法を補完的に用いて、消費主義社会拡大における五感の役割や重要性を論じています。従来の経営史研究では、企業戦略やその変遷・影響は主に経済的要因から分析されてきました。一方、近年、欧米を中心に研究が進められている「感覚史」の分野では、五感の感じ方は個人の生物学的現象にとどまらず、社会的・文化的要因によっても規定されるという立場をとります。例えば鉄道網の発達は、汽笛の列車音が人々の生活の一部になるなど、五感の感じ方や時間・地理的感覚に大きな影響がありました。本書は学際的アプローチにより、政治的・社会的・文化的環境の中で企業戦略が構築された過程とともに、翻って企業戦略が政治・社会・文化にいかなる影響を与えたのか、企業と社会的・文化的要因との双方向的な関係を明らかにしました。
 
現代の色彩豊かな視覚環境の下ではほとんど意識されないかもしれませんが、私たちが認識する「自然な (あるべき) 」色の多くは、経済・政治・社会の複雑な絡み合いの中で歴史的に構築されたものです。そうした日常生活における「当たり前」が、いかに歴史的に作り出されてきたのか、食べ物の色に焦点を当ててひもときます。
 

(紹介文執筆者: 情報学環 准教授 久野 愛 / 2022)

本の目次

第一部 近代視覚文化の誕生
 第一章 感覚の帝国
 第二章 色と科学とモダニティ
 第三章 産業と政府が作り出す色 ―― 食品着色ビジネスの誕生
  コラム 食品サンプル

第二部 食品の色が作られる「場」
 第四章 農場の工場化
 第五章 フェイク・フード
 第六章 近代消費主義が彩る食卓
  コラム 和菓子の美学
 第七章 視覚装置としてのスーパーマーケット
 
第三部 視覚優位の崩壊?
 第八章 大量消費社会と揺らぐ自然観
  コラム 教育からエンタメへ
 第九章 ヴァーチャルな視覚

あとがき ―― 感覚論的転回

関連情報

書評:
[文理横断ブックレビュー] 大滝瓶太 評「理系の読み方」 (『小説すばる』 2022年2月号)
http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/backnumber/2022_02/

[好書好日] 藤原辰史 評「人工着色料から考える」 (朝日新聞 2022年1月29日)
https://book.asahi.com/article/14534444
 
日本経済新聞 2022年1月8日
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO79027800X00C22A1MY6000/

卯月鮎 評「バターの色は何色ですか? 黄色と思ったあなたは……。食品と色の感覚史~注目の新書紹介~」 (GetNavi web 2021年12月5日)
https://getnavi.jp/book/678100/

メディア紹介:
「おいしさの本質は味ではないし、服は着ない方がいい【雑談回】 #145」 (ゆる言語学ラジオ 2022年7月26日)
https://www.youtube.com/watch?v=r8lqZO7hRtE
 
[福島のぶひろの、金曜でいいんじゃない?]「新書カイタイ新書」 (MBSラジオ 2022年3月25日)
https://www.youtube.com/watch?v=6Pa8xo9M9Oo&list=PLYpJvGKpl7tao5DG9RIaNpj9kyjv8irCV&index=29

インタビュー:
[教員インタビュー] 久野愛 准教授 (前編) (東京大学大学院情報学環・学際情報学府 2022年4月8日)
https://www.iii.u-tokyo.ac.jp/research/220408interview
 
[教員インタビュー] 久野 愛准教授 (後編) (東京大学大学院情報学環・学際情報学府 2022年4月15日)
https://www.iii.u-tokyo.ac.jp/research/220415interview
 
京大×ほとぜろコラボ企画「第14回:なぜ、人はおいしそうと感じるの!?」 (ほとんど0円大学 2020年5月20日)
http://hotozero.com/feature/kyodaitalk_14/
 
イベント:
日髙杏子『色を分ける 色で分ける』(学術選書)・久野愛『視覚化する味覚』(岩波新書) 刊行記念トークイベント「色彩と味覚 ―― 色の分けかたを話しあう」 (神保町ブックセンター/オンライン 2021年12月10日)
https://www.jimbocho-book.jp/1954/
 
久野愛准教授講演会「歴史から読み解く味覚と視覚—消費主義社会の台頭と『エステティクス』の変遷」 (オンライン [主催:東京大学 Beyond AI研究推進機構 B’AI Global Forum] 2021年5月28日)
https://baiforum.jp/events/en004/?fbclid=IwAR107uiPgXJF1rgIFyxkETaEEDmY7iyBKdvpA1xyW9aIUvx1RfbKiWChVIg
 
▶[講演会記録映像]「歴史から読み解く味覚と視覚—消費主義社会の台頭と『エステティクス』の変遷」 (Youtube「B'AI Global Forum」 2021年6月1日公開)
https://www.youtube.com/watch?v=oPnXx473z_0
 
関連記事:
「『マーガリンはピンク色にするべき』そんなヤバい法律がアメリカで成立寸前になったワケ」 (PRESIDENT Online 2022年1月6日)
https://president.jp/articles/-/53343
 
「『おいしいオレンジはオレンジ色』という常識は、アメリカの広告から始まったウソである」 (PRESIDENT Online 2022年1月3日)
https://president.jp/articles/-/53342
 
「『カラフルな粒でお馴染み』アメリカの人気チョコレートから赤色だけが11年間も消えたワケ」 (PRESIDENT Online 2022年1月1日)
https://president.jp/articles/-/53339

「人々が“自然”だと思う食べものの色は、どのように画一化されてきたのか ―― 消費主義社会における五感の歴史から探る」 (2020年4月27日)
https://academist-cf.com/journal/?p=13044
 
「食品の色は「人工的」に作り出された!? 京大講師が食品の見た目と感じ方を分析」 (AXIS Web Magazine 2020年2月20日)
https://www.axismag.jp/posts/2020/02/172159.html
 
関連書籍:
Ai Hisano, Visualizing Taste: How Business Changed the Look of What You Eat, Harvard University Press, 2019.
https://www.hup.harvard.edu/catalog.php?isbn=9780674983892

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