AIから読み解く社会 権力化する最新技術
オーストラリアのある大学では、学生のために「全知全能」アプリを導入している。このアプリを開けば、学生は大学生活を送る上で必要なありとあらゆる用を済ませることができる。カレンダーのアイコンを開けば、登録した科目が表示され、シラバスから課題の締め切りまでデータ抽出して親切にカレンダーに自動的に書き込んでくれる。図書館アイコンを押すと、蔵書検索ができるだけではなくて、課題の関する図書を探したいなら、図書館のチャットアプリが図書を推薦してくれる。課題が多すぎて悩んでいたら、学習相談チャットボットが相談にのってくれる。生身の人間との相談もチャット機能を使ってできる。学生のGPSを把握することができているので、マップ機能を開けば、初めて行く教室にも一番早い行き方を教えてくれる。学生のデバイスの居場所を記録しているので、一カ所に長居しすぎたら、そろそろ足を伸ばした方がいいのではないか、とアプリがアドバイスしてくれる。学生生活のことは、なんでもワンストップで解決できる究極のアプリである。学生一人一人に個人秘書がついているような感じだろうか。
このようなアプリが東京大学にもあったら、学生の皆さんは、使いたいだろうか。オーストラリアのこの大学のように情報が一元化できることのメリットは明らかだ。しかし、新しいツールを使い始めると、少なからずユーザーの行動も変容させられるものであり、このような一元アプリが学生行動にどのような影響を与えるか、一考の価値があるだろう。
目覚ましいAI技術の浸透を加速させていることについて目先の利便性だけに惑わされることなく、一度立ちどまって社会的な影響を俯瞰的に捉えてみよう、と提案するのが『AIから読み解く社会――権力化する最新技術』である。これまで人文社会科学の分野では、法学、哲学、倫理学の分野を中心にAI技術導入に関する法整備の議論は進んできていたが、メディア研究、言語学、歴史学、社会学、ジェンダー研究などそのほかの分野でも、AI時代の到来を考察する必要があることを訴える本にしたく、さまざまな分野の研究者に執筆いただいた。
AI技術は、すべての人へ等しく恩恵を及ぼすものではない。顔認証システムの精度が人種やジェンダーによって異なることや、アルゴリズムが学習するデータ群が偏っていれば、出力される情報もバイアスがかかることは聞いたことがあるかもしれない。社会に存在するさまざまな格差を深化させないためには、AI技術はどのように実装されるべきか。
とっつきにくいブラックボックスだからこそ、文系人間もAI研究に携わる研究者と一緒にAIの社会的影響について考えなければならない。皆さんもそれぞれの研究関心とAI技術との接点を見つけて、その社会的な影響について考えてほしい。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 板津 木綿子 / 2023)
本の目次
I インクルーシブな社会をつくる
第1章 言語にまつわるバイアスと自然言語処理 (伊藤たかね)
第2章 権力装置としてのVR (畑田裕二)
第3章 発達障害を見える化する人工知能 (長井志江)
第4章 AIとジャーナリズム (李 美淑)
文献案内 (小平沙紀)
II 人間らしくあるために
第5章 AIと労働市場 (横山美和)
第6章 AIと共存する民主主義的主体に向けて (田中 瑛)
第7章 AI時代の五感と身体 (久野 愛)
第8章 人間らしい言語処理モデルの開発 (大関洋平)
文献案内 (板津木綿子)
III AIに潜む脅威
第9章 越境する身体――AI時代の国際移動の管理 (アナ・べドゥスキ/マシュー・スエダ 訳)
第10章 リプロダクティブ・ヘルス/ライツの尊重とAI――『殺人出産』から考える日本の最先端生殖医療の未来 (佐野敦子)
第11章 歴史博物館におけるAIと歴史証言 (矢口祐人)
第12章 アルゴリズムバイアスと南北問題 「AIガバナンスの厄介な問題」 (アニタ・グルマーシー、ナンディニー・チャミ/大月希望 訳)
文献案内 (大月希望)
IV ともに生きるためのビジョン
第13章 想像と創造の循環からうまれるAIとポピュラーカルチャーの未来 (板津木綿子)
第14章 AI/アルゴリズムとインターセクショナルなフェミニズム (田中東子)
第15章 AIを描いてみよう!――メディアの隠喩的理解を育むワークショップ (水越 伸)
第16章 AIのELSIとガバナンス――科学技術社会論の観点から (横山広美・一方井祐子)
第17章 科学技術と権力――AIがもたらすマイクロ権力のあぶく (佐倉 統)
文献案内 (キム・カヨン)
おわりに (板津木綿子・久野 愛)
関連情報
AI and Social Justice / Prof. Dr. Yuko Itatsu [UTokyo GUC 2022 Course Introduction] (UTokyo Global Unit Courses | YouTube 2022年2月17日)
https://www.youtube.com/watch?v=kjZXyPtcWdg
書評:
大向一輝 評 (『人工知能学会誌』Vol.38, No.5, p.770 2023年9月)
https://www.ai-gakkai.or.jp/published_books/journals_of_jsai/past_journals/in2023/vol38_no5/
書籍紹介:
AI社会でバイアスや格差とどう向き合うか (ウィメンズアクションネットワーク | 女の本屋 2023年4月26日)
https://wan.or.jp/article/show/10563
著者コラム:
その便利さは誰のため? AI技術を実装する前に、問うべきこと (MODERN TIMES 2023年10月13日)
https://www.moderntimes.tv/articles/20231016-01ai/
イベント:
B’AI-UTokyo NY Office Event “The Future of Higher Education in the AI Age”Held (UTokyo New York Office 2023年12月14、15日)
https://utokyony.adm.u-tokyo.ac.jp/news/2023/12/bai-utokyo-ny-office-event-the-future-of-higher-education-in-the-ai-ageheld/
AIとどう生きる?『AIから読み解く社会——権力化する最新技術』(2023) 刊行記念イベント (2023年7月28日) (B’AI Global Forum | YouTube 2023年8月10日)
https://www.youtube.com/watch?v=1nqc3cukYhY
B’AI Book Club: Book Review Session (B’AI Global Forum 2023年3月22日)
https://baiforum.jp/en/report/re066/
Rome Call for AI Ethics: A Global University Summit (University of Notre Dame, Notre Dame, Indiana, USA 2022年10月26、27日)
https://beyondai.jp/contents/2022/11/15/rome-call-for-ai-ethics/
関連トーク:
AIで読み解くビジネスと社会――AIと共存する社会とは? (Women in AI Japan 2024年2月1日)
https://venturecafetokyo.org/sessions/ai-business-society/
[シンポジウム] ICTが社会の未来を拓く「AIの社会受容」 (東京大学情報理工学研究科ソーシャルICT研究センター 2023年12月21日)
https://www.sict.i.u-tokyo.ac.jp/news/sympo20231221/
トークセッション「生成AIが浮かびあがらせる”あなた”と”私たち”」 (日本科学未来館 2023年11月12日)
https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202311123181.html
基調講演「AI and social justice」 (Data Summit 2023年11月3日)
https://thedatalab.com/community/datafest/
基調講演「包摂的な教育のためのAIリテラシー」 (日本教育工学会2023年秋季全国大会 2023年9月16日)
https://itatsulab.jp/2023/08/
基調講演「The future of education in the AI age」 (昭和女子大学 2023年6月24日)
https://en-news.tuj.ac.jp/2023/06/13/tuj-swu-bst-joint-symposium-2/
メディア出演:
AIとどう向い合うか (日曜討論 2023年4月14日)
https://www.nhk.jp/p/touron/ts/GG149Z2M64/episode/te/VP81Z5W4VZ/