東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に雲状の赤い模様

書籍名

岩波新書 ライシテから読む現代フランス 政治と宗教のいま

著者名

伊達 聖伸

判型など

256ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2018年3月20日

ISBN コード

9784004317104

出版社

岩波書店

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

ライシテから読む現代フランス

英語版ページ指定

英語ページを見る

実は、本書には幻のタイトルがありました。私の側が用意していたのは、『ライシテとは何か』というもの。しかし、出版社によれば、『〇〇とは何か』というタイトルは、最近話題の言葉を改めて根本から論じるような本にふさわしいのだそうです。つまり、「ライシテ」という言葉は、日本ではそもそも耳にする機会がまだ少ないと判断されたことになるでしょう。
 
「ライシテ」とは、簡単に言えばフランスの政教分離のこと。しかし、ことは狭い意味での政教分離の話にとどまりません。フランス革命以来の共和国の理念が詰まった言葉で、ライシテの歴史はフランスの近現代の歩みと軌を一にします。すると、ではライシテはあくまでフランスに固有の話なのだなと思われてしまうかもしれません。そう主張する研究者もいますが、私の考えではライシテはフランスだけの話ではありません。
 
もうひとつ、気になっていたことがありました。たしかに、「ライシテ」はまだ日本で広く使われる言葉ではないかもしれませんが、一時期よりはよく知られるようになってきました。ただ、私の印象では、この言葉を聞きかじったことがあるという程度の人は、しばしば一定のイメージをかなり性急に作りあげています。
 
そのイメージとは、ライシテとは非常に厳格なフランス流の政教分離で、公共空間から宗教を一切排除し、とりわけ政治と宗教を分けないイスラームの信仰実践を抑圧するものだ、というものです。しかし、私に言わせれば、たしかにそのようなライシテのあり方は存在するけれども、それはライシテの一面であって、すべてではありません。
 
『ライシテとは何か』という幻のタイトル。その副題は「「フランスの厳格な政教分離」をずらす」というものでした。フランスのライシテには、必ずしも「厳格」とは言えない面もある。「政教分離」という理解だけでは不十分だ。「フランス」だけの話ではない。そのような思いを込めたものでした。
 
タイトル自体は没になりましたが、問題意識はそのまま本書に反映されています。第1章では、ライシテには宗教の公共的役割を承認する面も多分にあることが論じられています。第2章では、フランスがこれまで宗教的マイノリティとの共生についてどのような試行錯誤を繰り返してきたのかを、過去の事例からパターン化して取り出し、その正負両面を論じています。第3章では、実際にフランスで生活しているさまざまなムスリムのライシテ観を扱っています。現在、ライシテとイスラームの関係はうまくいっていないように見えるかもしれませんが、案外うまくいっている面もあるのです。
 
今から振り返ると、この本を書いていたときの私には、共和国フランスの歴史がもたらしてきた負の面はしっかり批判しつつ、共和主義の理念を救い出すことが重要だという問題意識がありました。それはフランスだけの話ではなくて、現代日本の課題とも通じているはずだからです。特に若い読者には、そのように読んでもらえると嬉しいです。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 伊達 聖伸 / 2019)

本の目次

序  章 共生と分断のはざまのライシテ
 1  揺れる共和国――テロ事件と大統領選挙から
 2  なぜ,いまライシテなのか
 
第1章  ライシテとは厳格な政教分離のことなのか
 1  分離から承認へ
 2  右傾化と治安の重視
 3  同性婚反対運動とカトリック
 4  キリスト生誕の模型とカト=ライシテの論理
 5  託児所のヴェールとライシテの宗教化
 
第2章  宗教的マイノリティは迫害の憂き目に遭うのか
 1  シャルリ・エブド事件からヴォルテールの『寛容論』へ
 2  カラス事件とプロテスタント
 3  ドレフュス事件とユダヤ人
 4  スカーフ事件とムスリム
 5  反復と差異
 
第3章  ライシテとイスラームは相容れないのか
 1  ヴェールを被る理由,被らない理由
 2  フェミニズムとポストコロニアリズム
 3  「原理主義」と括られる潮流
 4  「フランスのイスラーム化」か「イスラームのフランス化」か
 5  フランスで開花するイスラームの可能性
 
終  章 ライシテは「フランス的例外」なのか
 1  ライシテを「脱フランス化」する
 2  日本のライシテ
 
参考文献
あとがき
 

関連情報

著者コラム:
伊達 聖伸 (現代ビジネス)
https://gendai.media/list/author/kiyonobudate
 
著者インタビュー:
【宗教学】伊達聖伸「ライシテ 政治と宗教を読み解く補助線」by リベラルアーツプログラム for Business (LIBERARY | YouTube 2023年3月17日)
https://www.youtube.com/watch?v=BZyUpUC5SWw
 
日本は「無宗教」の先進国 個人尊重の仏と大きく違う政教分離 (『毎日新聞』 2022年12月16日)
https://mainichi.jp/articles/20221215/k00/00m/040/100000c
 
政教分離に必要なのは「ライシテ」? 宗教学者に聞く (朝日新聞DIGITAL 2022年10月6日)
https://www.asahi.com/articles/ASQB57GL3QB4UDCB01W.html
 
書評:
高橋昌一郎 (情報文化研究所所長・國學院大學教授) 評「思考力を鍛える新書【第42回】ライシテとは何か?」 (高橋昌一郎 | note 2020年6月18日)
https://note.com/logician/n/nc22db026ad78
 
図書委員からの推薦図書 2018 Vol.3 (日本大学法学部 2018年)
https://www.law.nihon-u.ac.jp/library/recommend/5643/
 
神社新報  2018年7月2日
 
しんぶん赤旗  2018年6月17日
 
フランスで論争が絶えない「ライシテ」とは? 過去には大きな対立も (AERA.dot 2018年6月16日)
https://dot.asahi.com/articles/-/125944?page=1
 
(新書)『ライシテから読む現代フランス』伊達聖伸著 (『日本経済新聞』朝刊  2018年6月9日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO31544970Y8A600C1MY6000/
 
鹿島 茂 評「外国語学習に王道なし、「ライシテ」解釈の多様性――週刊文春「私の読書日記」より」 (『週刊文春』  2018年5月24日号)
https://allreviews.jp/column/2291
 
徳島新聞  2018年5月20日
 
宮下志朗 (仏文学者・放送大客員教授) 評「テロをきっかけに変容」 (『読売新聞』朝刊 2018年5月13日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20180514-OYT8T50024/
 
山梨日日新聞  2018年5月13日
 
[読書]/政治/伊達聖伸著/ライシテから読む現代フランス/多文化を探る議論 問題点 (『沖縄タイムス』  2018年5月12日)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/251396
 
田中拓道 評 (『熊本日日新聞』7面  2018年5月6日)
 
新書ピックアップ (『朝日新聞』朝刊  2018年4月14日)
https://book.asahi.com/article/11583954
 
書籍紹介:
大学生協新書年間ベスト10 (2018年)
https://www.univcoop.or.jp/fresh/book/izumi/news/news_detail_141.html
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています