東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

印象派が描く森のような緑の表紙

書籍名

世俗の彼方のスピリチュアリティ フランスのムスリム哲学者との対話

著者名

伊達 聖伸、 アブデヌール・ビダール (編)

判型など

296ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2021年12月17日

ISBN コード

978-4-13-010417-3

出版社

東京大学出版会

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世俗の彼方のスピリチュアリティ

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本書は、2019年にフランスのムスリム哲学者アブデヌール・ビダール氏を日本に招いて開催した3つのシンポジウムや対談に基づくものである。彼と出会い、招聘に至るまでの経緯の裏話を紹介しておこう。2018年に出版された拙著『ライシテから読む現代フランス』にはビダール氏について論じたくだりがあるのだが、その箇所に彼の写真が掲載されている。2015年1月にパリでシャルリ・エブド事件が起きたとき、彼のテクスト「イスラーム世界への公開書簡」はフランス語圏ではよく読まれたが、日本ではほとんど知られていない人物と思われたので、写真を入れておくほうがよいと判断したのである。この本を日本語が読めないフランスの友人に献本したところ、写真からビダール氏と分かり、彼なら紹介できると言われて知り合うことができた。
 
フランスではライシテという厳格な政教分離体制が敷かれ、政治と宗教を分けないイスラームとは相性が悪いと思っている日本人は多い。ビダール氏は、リベラルなムスリムとしてフランスで信仰実践しながら、ライシテの理念を支持する立場の哲学者である。彼を日本に呼んで話をしてもらえば、ライシテとイスラームをともに生きることは可能であるばかりか、現状の問題点を突破し希望を語ることもできることを日本の聴衆にわかってもらえるのではないか。その際、彼の論点を広げたり、彼の議論に異論を投げかけたりできる討論相手を揃えることができるとよい。シンポジウムや対談はこのようにして企画された。
 
本書は最初に「イスラーム世界への公開書簡」の翻訳を配し、第I部ではビダール氏の主張に耳を傾けたうえで、中田考氏が日本のムスリムの視点から発言し、私が日仏の宗教と世俗を比較する観点からビダール氏と対談している。第II部では、おもに20世紀という危機の時代を、スピリチュアリティを手がかりにして生き抜こうとしたムハンマド・イクバール、鈴木大拙、ミシェル・ド・セルトーという、一見まとまりのない3人の生き方の共通点を探っている。
 
大局的な観点に立つならば、近代は宗教の時代から世俗の時代へと特徴づけることができ、現代はその世俗のあり方が揺らいでいる時代と言うことができる。「ポストセキュラー」という言葉は、「世俗のあとの時代」という意味では使いにくいが、世俗の時代の趨勢とその危機的側面に批判的態度を取る議論と生き方という意味で使うならば、世俗の時代と同時的に生まれた批判精神と言うこともできる。それは現代においていっそう意義を有する批判精神であり、過去の思想家たちとの実りある対話も可能にしてくれる。読者にはそのようなメッセージを受け取ってもらえたらありがたい。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 伊達 聖伸 / 2022)

本の目次

まえがき (アブデヌール・ビダール/翻訳: 伊達聖伸)
イスラーム世界への公開書簡 (アブデヌール・ビダール/翻訳: 伊達聖伸)
 
第I部 他者をつなぐ開かれた想像力
序  対話の扉を開く――イスラーム、フランス、日本 (鵜飼 哲)
第1章 「イスラーム世界への公開書簡」をめぐって
     ――イスラームを蝕む悪の根を突き止めるための呼びかけ
      (アブデヌール・ビダール/翻訳:中村拓人)
第2章 イスラームの世俗化の起源と現代の時代相
     ――日本の視点から (中田 考)
第3章 宗教からの脱出、世俗からの脱出 (アブデヌール・ビダール&伊達聖伸)
 
第II部 危機の時代のスピリチュアリティ
序  スピリチュアリティを新たに活かす (鶴岡賀雄)
第1章 神の死後のスピリチュアリティの行方
     ――ムハンマド・イクバールから見たイスラームと西洋の危機
      (アブデヌール・ビダール/翻訳: 白尾安紗美)
第2章 鈴木大拙の「霊性」――2つの危機の時代を通して (安藤礼二)
第3章 キリスト教の破砕/燦めき
​     ――現代カトリックの危機とミシェル・ド・セルトー (渡辺 優)
 
終 章 現在進行形の危機と向き合う (伊達聖伸)
あとがき (伊達聖伸)

関連情報

書評:
石井剛 評 (『教養学部報』637号[東京大学教養学部発行] 2022年6月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/637/open/637-02-1.html
 
(キリスト新聞)
http://www.kirishin.com/book/54571/
 
関連企画:
「Sortir de la religion, sortir du sécularisme (宗教からの脱却、世俗主義からの脱却)」[発表者: アブデヌール・ビダール/討議・司会者: 伊達聖伸] (日仏会館 2019年10月21日)
https://www.mfjtokyo.or.jp/fr/events/archive/course/20191021.html
 
国際シンポジウム「イスラーム世界を見る視線の交錯――日本とフランスの対話」[登壇者: 伊達聖伸、鵜飼哲、アブデヌール・ビダール、中田考、池内恵] (東京大学駒場キャンパス[主催: 東京大学東アジア藝文書院 (EAA)] 2019年10月16日)
https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2019-1589/
 
EAAセミナー「『イスラーム世界への公開書簡』を読む」[講師: アブデヌール・ビダール/司会・通訳: 伊達聖伸] (主催: 東京大学東アジア藝文書院 (EAA) 2019年10月15日)
https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2019-1653/
 
関連論文:
「アブデヌール・ビダールにおけるライシテとイスラーム」 (『フランス哲学・思想研究』22巻 pp. 42-53 2017年)
https://researchmap.jp/DATE_Kiyonobu/published_papers/18721779
 
シンポジウム:
「日仏におけるイスラームと政治的・社会的価値観」 (オンライン[主催: 日仏会館・フランス国立日本研究所、科研費補助金基盤(A)20H00003] 2022年7月8~9日)
https://www.mfjtokyo.or.jp/events/collab/20220708.html

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