東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

ベージュの表紙と白の四角形

書籍名

中国人のこころ 「ことば」からみる思考と感覚

著者名

小野 秀樹

判型など

254ページ

言語

日本語、中国語

発行年月日

2018年12月19日

ISBN コード

978-4087210583

出版社

集英社

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中国人のこころ

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経済の発展と社会体制の変容にともない、改革開放政策から現在に至るまで、中国人の生活様式や意識にもさまざまな変化が生じている。一人っ子政策が施行された最初の時期に生まれた中国人はすでに壮年期を迎え、現在では“90后”と呼ばれる1990年代に生まれた世代が社会人として次々と世に出てきている。我が国においても、1980年代から中国人の思想や中国文化に関して厖大な研究報告がなされてきたが、急速な社会変化の影響もあり、現在の中国人の思考や感覚にも新たな様相が観察できる。しかし一方で、表層的な社会の変化とは無関係に、中国人が普遍的に有する本質的な思考や感覚も存在するはずであり、中国という国家が激動している今それを問うことも重要であろう。その本質的な思考と感覚は「言語」の観察から捉えることが可能である。人々の思惟は言語の使用から切り離すことができず、言語によって思想を組織構成するからである。さらに、言語の違いはそれを用いる人々の思考や認識に対して影響を及ぼすという言語学の仮説 (サピア・ウォーフ「言語相対性仮説」) に鑑みても、中国人の思惟や感覚は、中国語の実態を詳細に分析することで明確に理解することが可能であると考えられる。以上の観点から、本書は中国語に関する種々の現象を考察の対象とし、中国人が日常頻繁に用いるさまざまな言語表現の実態や、日常生活において観察されるさまざまな行動様式などを取り上げつつ、そこに見られる中国人独自の思考や感覚、世界認識や行動規範などについて広範な分析を試みた。

具体的には、人々が日常のコミュニケーションで用いる言語使用の実態、すなわち「会話における反応と応答に関する表現」「日常の挨拶」「友人知人の呼び方 (呼称)」、および「日常よく用いる定型的表現」「文脈や発話現場の状況に基づく意思伝達の手段」といった諸事象を考察し、さらに「験担ぎ (げんかつぎ) や語呂合わせに見る数字の使い方」「事態や物事に対する判断基準」「世間話の話題」「種々の場面における行動規範」「中身と形式の関係 (実質と外観の関係)」、「儒教などの思想に関する意識」など、いくつかのトピックに基づき調査と分析を行なった。調査と分析は、可能な限り最近の実態も反映させる意図から、近年の対談番組、ドラマ、映画、小説、および中国で公開されているコーパス (集成資料) と、筆者が独自に行なった中国人へのアンケートと聞き取り調査の結果など、広範な資料を収集し、そこから得られたデータに基づいて行なった。

一連の考察を通して筆者が得た結論を要約すれば、中国人は現実に存在する「かたち」あるものを重視し、抽象よりも具象を志向するという高度に唯物論的な思考に基づいて世界を認識していること;規範や理論、決め事に拘泥せず現場の状況に鑑みて自分自身で判断し実利を重んじる自己本位の行動規範を有していることなどが挙げられる。社会や体制は絶えず変化しているが、筆者が結論として挙げる思考と感覚は、古来より中国人に均しく見られる普遍的なものだと考えられる。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 小野 秀樹 / 2019)

本の目次

序章 「ことば」は人を造り、人を現す
 ミニレクチャー「中国語に関する基礎知識」
 補注――本書で扱う資料について

第1章 対話における反応――聞き手はどう対応しているか?
 1.「反応」と「応答」の表現に関する問題
 2.「あいづち」について考える
 3.「応答判断語」について考える

第2章 人間関係とコミュニケーション――「挨拶」について考える
 1.「公」の挨拶
 2. 人間関係の認識
 3.「私」の挨拶 (1) ――相手を呼ぶ
 4.「私」の挨拶 (2) ――行動への言及
 5. 教育によって習得する挨拶語
 6. 挨拶語の意味とその期限

第3章 中国語の伝達機能と受信感覚――「意味」による呪縛
   1. 人の呼び方 (呼称) について
 2.「意味 (論)」に惹き寄せられる中国人
 3.「語用論」の領域に属する意味の食い違い

第4章 中国人の価値観――現実世界の認識と行動の規範
   1. 中国人の趣味趣向と判断基準
 2. 中国人に見る「現実主義」

第5章 言語システムに侵食する思考と感覚――法則の背景に存在するもの
 1.「五感で捉える」属性を表すことに偏る文法形式
 2. 自分の実体験に基づく評価を述べる語彙
 3. 会話や段落における「かたち」の影響
 4. 存在表現の拡張と評価の関係

あとがき――「ことば」は「思惟・感覚」を支配する

関連情報

書評:
デイリーBOOKウォッチ「中国人が初対面の人に平気で年収を尋ねるワケ」 (BOOKウォッチ 2019年1月12日)
https://books.j-cast.com/2019/01/12008519.html

著者による書籍紹介:
今月のエッセイ 小野秀樹「『ことば』から読み解く中国人の『こころ』」 (『青春と読書』2019年1月号 No.510 2019年1月)
http://seidoku.shueisha.co.jp/1901/seishun.html

イベント:
第150回中国理解講座 「中国語における呼称・敬称の選択と呼びかけ行為の実態―― あなたは、青年の李さんを“小李!”と呼べるか?」 (立命館大学衣笠キャンパス 2019年11月16日)
http://www.ritsumei.ac.jp/confucius/event/article.html/?id=165
 

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