知っておきたい水問題
常に身近にないと、人間も含めてどんな生物も生きていけないのに普段は気にも留めない水。災害時などでない限り今の日本では水で困るという機会はほぼなくなりましたが、それは日本に降る雨が多いからではなく、安定して安全な水を供給する仕組みを長年かけて作り上げ、なんとか維持管理できているからです。
しかし、世界では水インフラへの投資が不十分であったり、水を適切にマネジメントできていなかったりして日常の水の利用に恒常的に苦労していたり、地域間で水をめぐって争っている地域もあります。新たな貯水池の建造によって安定して水を使えるようになる恩恵を受ける人々もいますが、ダムの建設が移転を強制して地域社会を破壊したり、下流の水利用に悪影響を及ぼしたりしている流域もあります。水はあっても汚染されていて利用が難しい地域もあります。
水を一番必要とするのはわたしたちが毎日食べる食料の生産のための水ですが、まだまだ世界的に人口の増加が見込まれる中、必要な食料を生産する水が果たして足りるのかどうか、持続不可能な化石地下水を使っている地域の農業が今後どうなるのか、懸念する向きもあります。
そんな世界の水の問題を総合的に知ってもらおうと、地元ラジオのDJとしても有名な九州大学の姜 益俊先生が水にまつわる多様な分野の専門家による連続講義を企画し、その記録を取りまとめたのが本書です。始めは各講師の講義ノートの様にばらばらでしたが、九州大学出版会の担当編集者の方のご尽力で一貫して読みやすい本に仕上がりました。世界の水資源、森林と水、地下水、水と食料、水と生物、水と国際紛争、水とビジネスと保全、といった各章がさらにいくつかのトピックに分かれて簡潔にまとめられているおかげで、地球物理学、地理学、工学、農学、林学、人文社会科学など幅広い分野にまたがる水の学術的側面をさっと理解していただけるものと思います。また、日本の大都市で一番水の確保に苦労をし、大規模な海水淡水化施設まで導入している福岡市、日本と同様に険しい山岳からすぐに海に流れてしまう急流小河川ばかりの上に乾季と雨季の差が激しく水マネジメントで苦労している韓国、そして飲料水へのアクセスを高めるために良かれと思って援助で掘られた井戸からヒ素が検出されたりサイクロンによって何万人という人命が失われたりしているバングラデッシュの事例も興味深く、今の日本の水マネジメントシステムが機能しなくなったらどういう事態が想定されるかが窺われます。
ぜひ、あとがきもお読みください。本文では触れられなかった水と私たちの気持ちの問題、日本の水源林を外国資本が買収しているという話、水循環基本法、ミレニアム開発目標 (MDGs) から持続可能な開発目標 (SDGs) へ、といった話題にも触れています。
現代的な水問題の概要について手軽に包括的に知りたい、という皆さんに最適な書だと思います。
(紹介文執筆者: 工学系研究科 教授 沖 大幹 / 2021)
本の目次
第1章 水問題とは
水問題の三つの側面/安全な飲み水/水資源はフローで考える/仮想水という概念/
食料自給率/ダムの運用/持続可能な社会のために
第2章 森林と水
森林とは/森林と環境問題/中国の森林の現状と課題/日本の森林の現状と課題/
森林管理による環境保全
第3章 見えない巨大水脈 地下水の今後
地下水とは何か/地下水に依存する人間/地下水の枯渇/深刻化する地下水汚染/
なぜ地下水は枯渇してしまうのか/地下水を守る取り組み
第4章 農業・農村における水の利用
世界の水需要/灌漑はなぜ必要か/灌漑・農業の多面的機能/灌漑の負の側面/
農業上の水利用の展望
第5章 水資源の利用をめぐる国際紛争の解決
国際公共財としての水/国際河川をめぐる対立と協力/国際法とは/
国際河川・越境地下水に関する国際法/国際河川の利用に関する理論的基盤/
国際法上の衡平原則/国際河川の利用をめぐり争われた国際判例
第6章 生物たちが守る飲み水の安全性
飲み水の安全性/原因がわからない水質汚染事故/生態系にダメージを与えた事故/
淡水プランクトンの利用/動物プランクトンの利用/二枚貝の利用/魚の利用
第7章 地域の水資源について
福岡市の水事情/大学移転と糸島地域/海水の浸入/地下水涵養量の確保
第8章 韓国の水問題
韓国の水事情/南江ダム/四大主要河川改修事業・ビフォー/
四大主要河川改修事業・アフター
第9章 バングラデシュの水問題
地形と気候/灌漑用水/ヒ素汚染/サイクロン被害/シェルターの建設
第10章 食品企業における地下水の利用と水資源の保全
人類と水資源/サントリーと水/サントリーの取り組み/
森林における地下水涵養の仕組み/水資源管理の連携/水資源管理の基準づくり
あとがき
執筆者一覧