東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

石碑などのモニュメント

書籍名

日本禹王事典

著者名

植村 善博、関口 康弘、 大邑 潤三

判型など

349ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2023年4月25日

ISBN コード

9784772261203

出版社

古今書院

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日本禹王事典

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古代中国の伝説上の帝王として知られる禹は、黄河治水の功績が認められて舜から禅譲され、夏王朝の創始者となったとされる。その治水の功績や人格は伝説となって高く評価され、『論語』をはじめとする様々な文献に聖人君子として繰り返し登場する。禹は治水の神、聖人として信仰の対象となり、中国各地に廟が建立されるようになる。こうした経緯により、古代から大陸文明の影響を強く受けてきた日本においても、禹の伝説は受容され文化の一部となって現代に継承されている。日本における禹の文化的受容と定着については、これまであまり注目されてこなかったが、禹の事績を引き合いに出す形で治水事業を顕彰する石碑は全国に多数存在する。また現在でも信仰対象として禹が祀られている事例が各地で確認されている。本書では日本における禹に関連する石碑や信仰対象を「禹王遺跡」として紹介し、日本における禹の受容のあり方に迫る。
 
日本の文献においては『古事記』『日本書紀』に既に禹の記述がみられ、8世紀には知られていた。また伝承ではあるが、1228年に京都鴨川に「夏禹廟」が建てられたと『雍州府志』(1686年) に記録されており、『蔭涼軒日録』1488年の記録には「夏禹廟」の記述がみられる。近世に入ると、儒教・儒学が奨励されたことにより、禹とその事績が広く知られるようになり、17世紀になると各地に禹に関係する石碑などが建てられ増加してゆく。1700~1750年代は特に「禹王遺跡」が多く、治水に関係するものが多い。これは新田開発の進展により居住や生産の場が水害危険地域に拡大したことが背景にあると考えられる。18世紀は災害多発期にあたり、これに対処するための治水事業が増え、災害消除や五穀豊穣を祈願する祈祷壇や祠などが各地に出現する。近代に入ると時代的な背景から、信仰に関係するものは少なくなるが、近代的な河川改修が進められたことに関連する記念碑などに禹の事績が引用される例が増加する。
 
東京大学構内にも、こうした近代土木工学に由来する「禹王遺跡」がある。本郷キャンパスの東京大学正門横に古市公威の銅像が存在する。古市公威は1854年に江戸の姫路藩邸で生まれ、1875年にフランスに留学して理学・工学を学び、帰国して信濃川の改修などにあたった人物である。帝国大学工科大学の初代学長、土木学会の初代会長などに就任しており、土木工学や大学行政など多方面にわたる功績を顕彰するために銅像が建てられた。銅像の横には古市の功績を記す銘板があり、「不譲大禹疏鑿之功」(大禹の疏鑿之功に譲らず) と記されている。古市の功績は禹王の治水事業に匹敵すると称え、古市を顕彰する内容になっている。本書にはこうした石碑や祠などが地図と詳細な解説により165件紹介されている。本書を手に各地の「禹王遺跡」を訪れ、日本において禹がどのように受容され定着しているかを感じてほしい。
 

(紹介文執筆者: 地震研究所 助教 大邑 潤三 / 2023)

本の目次

まえがき
概説 日本の禹王遺跡の特徴と禹王文化
I 中国の禹王伝説と禹王信仰
II 禹王遺跡の研究史
III 日本の禹王遺跡の特徴
IV 治水神・禹王信仰の事例
V 禹王文化の展開
VI まとめと課題
参考文献
 
『日本禹王事典』 利用の手引き
全国の禹王遺跡 (全165遺跡)
 A 北海道・東北 (A1~A7)
 B 関東 (B1~B49)
 C 中部 (C1~C39)
 D 近畿 (D1~D22)
 E 中国・四国 (E1~E21)
 F 九州 (F1~F14)
 G 沖縄 (G1~G13)
 
禹王遺跡一覧
あとがき

関連情報

書籍紹介:
「京都に古代中国「禹王」ゆかりのスポット点在 「信仰のお膝元」事典で紹介」 (京都新聞 2023年9月8日夕刊一面)
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1105393
 
『地図中心』611巻 2023年8月10日
https://net.jmc.or.jp/shopdetail/000000491107/ct157/page1/recommend/
 
関連記事:
植村善博「日本の禹王遺跡――治水神・禹王信仰と禹王文化」 (『2022年 人文地理学会大会』pp. 14-17 2022年11月30日 )
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hgeog/2022/0/2022_14/_article/-char/ja/
 
月刊『地理』特集「日本の禹王遺跡と治水神信仰」 (『地理』63巻11号 2018年11月)
https://www.kokon.co.jp/book/b379015.html
 大邑潤三「日本の禹王遺跡の分類と立地分析」 (pp. 44-51)
 関口康弘「酒匂川の治水と文命文化」(pp. 20-25)
 
大邑潤三「災害文化遺産の展示手法と防災教育への活用――禹王遺跡展の事例から」 (『歴史都市防災論文集』12巻 pp. 267-274 2018年7月)
https://ritsumei.repo.nii.ac.jp/records/9371
 
植村善博「『災害文化遺産 日本の禹王遺跡と治水神・禹王信仰展』の目的とその意義」 (『歴史都市防災論文集』12巻 pp. 275-280 2018年7月)
https://ritsumei.repo.nii.ac.jp/records/9372
 
植村善博「沖縄における禹王遺跡とその歴史的意義」 (『鷹陵史学』43号 pp. 1-18 2017年9月30日)
https://archives.bukkyo-u.ac.jp/repository/baker/rid_OS004300008801
 
植村善博「災害文化遺産としての禹王遺跡と京都の治水神・禹王信仰」 (『歴史都市防災論文集』11巻 pp. 231-236 2017年7月)
https://ritsumei.repo.nii.ac.jp/records/9326

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