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青一色の表紙

書籍名

イギリス文学と映画

著者名

松本 朗 (責任編集)、岩田 美喜、木下 誠、 秦 邦生 (共編)

判型など

408ページ、A5判、並製

言語

日本語

発行年月日

2019年10月15日

ISBN コード

978-4-384-05930-4

出版社

三修社

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イギリス文学と映画

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文学作品を原作とする映画の出来栄えに一喜一憂したり、あるいは映画版をきっかけに新たな文学作品を知ったりすることは、ごく日常的な経験だろう。高校生や大学生ならば、授業であつかう文学テクストの映画版をまず鑑賞するという経験も少なくないかもしれない。
 
にもかかわらず、翻案 / アダプテーションは従来の文学研究では比較的に周縁的な話題と扱われる傾向があった。正典的な「テクスト」研究を中心に据えると、その映像版はどうしても派生的なものと見られてしまいがちだ。映画研究でしばしば重視されてきた「純粋映画」の観点からも、いわゆる「文芸映画」は不純なものと見なされがちだったと言えるだろう。だが、英語圏では1990年代くらいから新たに分野横断的な「アダプテーション研究」が勃興してきており、こうした文学研究と映画研究の狭間で見過ごされてきた多種多様なアダプテーションの本格的な研究が進んでいる。
 
本書『イギリス文学と映画』はそうした研究動向を踏まえて、特にイギリス文学の代表的作品の映画化を研究した論集である。重視したのは、(1) 文学作品と映像作品の丁寧な比較研究、(2) 個別・具体的な社会的・歴史的実践としてのアダプテーション、(3) 論集全体としての歴史的枠組みの構築である。特に (3) については、総花的にばらばらの事例を扱うのではなく、個別の作品研究を通史的なイギリス文学史の観点と、映画アダプテーション史の観点から一つの枠組みに位置づける試みが本書の大きな特徴である。
 
具体的には、第1部では全16の論考によってウィリアム・シェイクスピアやダニエル・デフォーから、ジェイン・オースティン、ブロンテ姉妹、チャールズ・ディケンズ、ジェイムズ・ジョイスなどを経由してJ・G・バラードやイアン・マキューアンまでの作品を扱う。第2部では演劇作品の映画化、サイエンス・フィクション、ゴシック小説などのテーマで複数の作品を論じる。これによってルネサンスから現代英語圏小説に至るイギリス文学史の大きな流れを把握できるように配慮している (その他、コラムでは中世文学の映画化から、LGBT、移民文学、南アフリカ文学など多様な話題を取り込んでいる)。
 
同時に、特に第1部の16論考が扱う映像作品は、1920年代のサイレント映画から2000年代の最新映画 (BBCのテレビドラマ『SHERLOCK』を含む) まで比較的均等に配分し、アダプテーションの実践を規定する歴史的要因が少なからず変容するさまを浮き彫りにすることを試みた。また、エルンスト・ルビッチ、ルイス・ブニュエル、ウィリアム・ワイラー、フランシス・コッポラ、ジョン・フォード、スティーヴン・スピルバーグなど映画史に残る監督たちの作品を選んだのも特徴である。こうした監督たちが古典的文学作品を換骨奪胎し、どのような新しい創造に結びつけたのかが注目点である。
 
全体としては <文学> と <映画> の交錯と葛藤が生み出した、クリエイティヴな <翻案> の歴史を読み解く試みである。巻末には映画用語集も収録したので、アダプテーション研究や映画研究の入門者にも教科書的なテキストとして手に取ってみて欲しい。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 秦 邦生 / 2021)

本の目次

もくじ

序章 いま、新たに「イギリス文学と映画」を学ぶために (秦 邦生)

第1部

1 オリヴィエの『ハムレット』とシェイクスピアのことば (桒山智成)
     コラム1 近年のシェイクスピア映画 (岩田美喜)
2 疾走するフライデー、あるいは映像の誘惑――ルイス・ブニュエルによるダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』のアダプテーション (武田将明)
     コラム2 スコットランドの文学と映画 (松井優子)
3 反復と差異の歴史性――ヘンリー・フィールディングの『トム・ジョウンズ』とトニー・リチャードソンの『トム・ジョーンズの華麗な冒険』 (吉田直希)
     コラム3 詩と詩人と映画 (岩田美喜)
4 ポストフェミニズム時代の文芸ドラマ――ジェイン・オースティン『高慢と偏見』と1995年版BBCドラマ (高桑晴子)
     コラム4 文学アダプテーションとテレビドラマ (高桑晴子)
5 呼びかける声に応えて/抗って――シャーロット・ブロンテとキャリー・フクナガの『ジェイン・エア』(木下 誠)
6 二種の音楽によるエミリー・ブロンテ『嵐が丘』のラブストーリー化――ウィリアム・ワイラー監督『嵐が丘』 (川崎明子)
7 「古さ」と「新しさ」のせめぎ合い――チャールズ・ディケンズとデイヴィッド・リーンの『大いなる遺産』 (猪熊恵子)
     コラム5 D・H・ロレンスと映画 (武藤浩史)
8 手の物語――アーサー・コナン・ドイル『緋色の研究』と『SHERLOCK』 第 1 話「ピンク色の研究」 (大久保譲)
9 メロドラマ性とメタ・メロドラマ性の相克――トマス・ハーディ『ダーバヴィル家のテス』とロマン・ポランスキー監督『テス』 (松本 朗)
     コラム6  ヘリテージ映画 (松本 朗)
10  盗まれた写真――オスカー・ワイルド『ウィンダミア卿夫人の扇』のルビッチ版における性愛と金銭 (田中裕介)
      コラム7 LGBTと文学・映画 (長島佐恵子)
11 複製技術時代の <作者の声> ――ジョウゼフ・コンラッドの『闇の奥』からフランシス・コッポラ監督の『地獄の黙示録』へ (中井亜佐子)
12 イライザの声とそのアフターライフ――ジョージ・バーナード・ショー『ピグマリオン』から『マイ・フェア・レディ』に至るヒロイン像の変遷 (岩田美喜)
      コラム8 イギリス映画のなかの移民たち (板倉厳一郎)
13 死 (者) の労働――ジョン・ヒューストンの『ザ・デッド』はジェイムズ・ジョイスの「死者たち」のテクスチュアリティにどこまで忠実であるのか (中山 徹)
14 擦れ違いの力学――グレアム・グリーンの『権力と栄光』とジョン・フォードの『逃亡者』 (小山太一)
      コラム9 南アフリカ英語文学は「南アフリカ英語映画」になる? (溝口昭子)
15 敵のいない戦場、死者のいない都市――J・G・バラードとスティーヴン・スピルバーグの『太陽の帝国』(秦 邦生)
16 遅れてきた作家主義者――『贖罪』(イアン・マキューアン) の翻案としての『つぐない』(ジョー・ライト監督) (板倉厳一郎)
 
第2部

1 舞台から映画へ――ミッシング・リンクとしての19世紀大衆演劇 (岩田美喜)
     コラム10 現代劇作家と映画脚本 (岩田美喜)
2 時間旅行から「ポストヒューマン」まで――イギリスSF小説の伝統と映画の交錯 (秦 邦生)
     コラム11 中世英文学を題材にした映画に見られる「中世性」 (唐澤一友)
3 ゴシック小説からゴシック映画へ――《怪物》の示しうるもの (小川公代)
     コラム12 中世英文学とファンタジー文学・映画 (唐澤一友)
資料
映画用語集
 

関連情報

書評:
原英一 (東北大学名誉教授) 評 (研究社『英語年鑑 2021年度版』所収、「「イギリス小説と批評の研究 2021」 (2021年2月22日)
https://books.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-39951-1.html
 
田中ちはる (近畿大学教授) 評 (『日本映画学会会報』第59号15-19頁 2020年3月20日)
https://japansociety-cinemastudies.org/210/
 
政森志津子 評 (『英米文学』80号 2020年)
https://rikkyo.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&index_id=2186&pn=1&count=50&order=17&lang=japanese&page_id=13&block_id=49

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