校了間際、編集者と「装幀を考える時間」が私は何よりも楽しみで、「単著を書いたご褒美」だと思っている。「精一杯おめかしさせて読者のもとへ」という餞 (はなむけ) の意味もあるが、「紙の本」を愛するひとりとして、「装い」も最大限使って、自分が書いた「物語」の時空間を作り上げたいという気持ちが強い。色見本帖を机いっぱいに広げながら、栞 (スピン) の色や見返しの紙を組み合わせていく豊かな時間を経て、ようやく私にとっての執筆作業が完結する。以下、なかなか話す機会のない装幀から、本書の紹介をしてみたい。
まず書影の通り、表紙カバーには左上から春 (国土地理院の桜)、夏 (立山の氷河)、秋 (立山の紅葉)、冬 (ドイツのブロッケン山を走る狭軌SL) を配した。本文中、約250点の写真・図版をモノクロで使ったが、自分で撮影した国内外の博物館・図書館等の所蔵品も含めて、本として流通する以上、改めて掲載申請をしなければならず、2020年の夏は事務作業に明け暮れた。大変だったが、多くに使用額免除や割引が適用されたことに感謝している。うち「カラー以外は考えられない」15点は口絵にしたが、残りのモノクロから、カラーでも見てほしい四季の風景を厳選し、表紙カバーに使った。ちなみに本体には、図版も奇麗に刷れ、目にも優しいクリーム色の紙を編集者の郷間さんが選んでくれた。
カバー袖にはゲーテとも縁の深いドイツの光学メーカー、ツァイス社製ステレオプラニグラフC-4型のユニークな姿を、カバー裏には国立天文台・水沢のヴァンシャフ社製眼視天頂儀を選んだ。特に後者は2021年3月に「日本天文遺産」に認定された、本書第三章に登場する木村榮 (ひさし) ゆかりの観測機器で、本文中の写真は引退後の展示だが、カバー裏は現役時代の空気をまとう。
さらにカバーや帯紙なしの図書館配架を想定し、また地図好き読者へのサービスも兼ねて、貼表紙は白地に小豆色で陸地測量部作成「二万五千分一」地図をデザイン加工した。本物の地図を使う案は前著刊行時にもあったが、このたび国土地理院による規制緩和があり、無理なく実現できた次第。上野公園と不忍池、本郷区の大学病院や帝国大学は今と変わりないが、農学部のある弥生キャンパスにはまだ「第一高校」があり、皇居(宮城)近くの三宅坂には、1945年に空襲で焼失した陸軍省参謀本部が認められる。地図の内側つまり見返しは、地球の内部である岩石標本あるいは漆黒の夜空に微かに星が瞬くイメージで、雲母のきらめきが入った黒い紙を選び栞は明治時代の測量機器に多い、マットな金色からの連想で金茶をあわせた。
「装い」と言えば、本書の副題「メフィストのマント」は、ゲーテの悲劇『ファウスト』に由来するが、文中には「変てこな鼠色のマント」をまとう風野又三郎 (宮澤賢治の『風の又三郎』の原型) や「緑のマント」姿の赤木正雄も登場する。そして本書が扱うのは、「想像力のマント」をひろげた、測地学の楽しいタイムトラベルなのである。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 石原 あえか / 2021)
本の目次
1 地図と近代測量
2 陸地測量部から地理調査所への変身──国家機密と製図技術
3 地図の変身──「陸測五万分一」地形図のその後
4 地図を「読む」、地図を「作る」──本書執筆の動機
第1章 地図と戦争──軍用地図と外邦図の行方
1 文・理が融合した豊かな地図の世界
2 ゲーテと地図
3 ヴァイマル公カール・アウグストと軍用地図
4 国土地理院のドイツ軍用地図
5 全国に散らばる外邦図
6 比較対象として──戦後のドイツ測量機関の行方
第2章 地球儀と本当の地球──ベハイムの〈地球林檎〉とオイラーの予言
1 地球儀の歴史──ドイツ語圏を中心に
2 回転楕円体の地球と近代ヨーロッパにおける三角測量
3 地球の姿から内部へ──地軸変動とオイラーの予言
4 「柔らかい地球」のための国際緯度観測事業
第3章 水沢の緯度観測所──木村榮と宮澤賢治
1 師走の風物詩──ベートーヴェンの『第九』とシラー
2 緯度観測所設置前夜──麻布の東京天文台
3 ヘルメルトとポツダムの王立測地学研究所
4 田中舘の交渉と木村のZ項発見
5 夏目漱石の苦言とZ項の謎解明
6 『風野又三郎』と高層気象観測
第4章 ツァイス、ヴァンシャフ、バンベルク──ドイツ製望遠鏡からプラネタリウムまで
1 ツァイスの望遠鏡──水沢の浮遊天頂儀
2 カール・ツァイスと双子都市ヴァイマル/イェーナ
3 ベルリンの専門工房──カール・バンベルクとヴァンシャフ
4 金星の太陽面通過──十八世紀からの国際天文観測プロジェクト
5 「アルビレオの観測所」と現代の宇宙の三角測量
6 ツァイスのプラネタリウム
第5章 日本水準原点とアナログ図化機──標高を知り、空から地上を撮る
1 日本水準原点──高さを示す基準
2 日本がお手本としたドイツ水準原点の歴史
3 オランダお雇い技師リンドと東京湾平均海面
4 銀板写真から航空測量へ
5 ツァイスの一等図化機 (ステレオ・プラニグラフ)
6 ツァイスの傑作レンズ「トポゴン」と外邦図
第6章 変化し続ける地球──地震・地磁気・重力
1 近代までの大地震の記録と原因解明の試み
2 世界初の地震学会設立と地震計
3 濃尾地震と地磁気計測──バートンの写真集『日本の地震』
4 「重力点TOKYO-B」──重力と標高
5 ガウスとヴェーバーの電磁式通信
6 地磁気逆転と〈チバニアン〉
第7章 続『劒岳』──南極大陸と立山カルデラ
1 〈日本アルプス〉と氷河
2 『ファウスト』と小氷期──ゲーテの氷河理論
3 厳寒の発見とゴシック小説『フランケンシュタイン』
4 極地探検の歴史──文学作品や絵画を手掛かりにして
その一 ナドルニーの小説『緩慢の発見』
その二 ランスマイアーの冒険小説『氷と闇の恐怖』
その三 立松和平の小説『南極にいった男』
5 続『劒岳』──立山ガイドのその後
6 もうひとつの立山──カルデラと砂防
7 大規模崩壊地と「SABO」──赤木正雄のオーストリア留学
結び──ゲーテと花崗岩
あとがき・謝辞
主要文献リスト
主要人名索引
関連情報
令和3年度「測量の日」における功労者感謝状贈呈
https://www.gsi.go.jp/kohokocho/kohokocho65033.html
https://www.gsi.go.jp/common/000233264.pdf
New! 講演会:
スペーシャリストの会・特別講演会「測地学の夢と魅力~近代日独測量技術交流史~」 (公益社団法人日本測量協会 スペーシャリストの会 2021年11月4日)
https://www.jsurvey.jp/sp20211104.pdf
新刊紹介:
自著解説「ゲーテ研究からのお手伝い 令和三年度「測量の日」における功労者としての表彰をうけて」 (『教養学部報』第630号 2021年10月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/630/open/630-02-1.html
こんな本、入りました。No.087 『教養の近代測地学』 (京都府立図書館 2021年3月9日)
https://www.library.pref.kyoto.jp/?newbook=26737
大木章一 氏 (国土地理院) (『測量』 2021年2月号)
https://www.jsurvey.jp/1-4-2021.htm
自著紹介「執筆ノート」 (『三田評論ONLINE』 2021年2月17日)
https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/literary-review/202102-3.html
郷間雅俊 氏 (法政大学出版局) (『土木技術』第76巻第1号 2021年1月)
https://www.doboku-g.com/magazine/65373/
書評:
村上広史 氏 (青山学院大学教授) 評 (言語情報科学専攻紀要『言語・情報・テクスト』Vol.28、2021年末刊行準備中・リポジトリ掲載予定)
http://gamp.c.u-tokyo.ac.jp/publication/magazine.html
大木章一 氏 (国土地理院) 評 (『地学雑誌』VOL.130 No.3 2021年6月発行)
http://journal.geog.or.jp/images/articles/130-3/N16.pdf
星埜由尚 氏 (元国土地理院院長) 評 文献紹介 (『地図情報』157号 2021年5月号)
https://chizujoho.jpn.org/01_chizujoho/41/mi41_1.html
粂川麻里生 氏 (慶應義塾大学教授) 評 「科学史と文学研究との結晶」 (『日本経済新聞』 2021年1月16日付朝刊)
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO68190460V10C21A1MY5000/
大木章一 氏 (国土地理院) 評 (『地図』Vol.58 No.4 [通算232号] 令和2年12月31日発行)
http://jcacj.org/file/contents/contents232.pdf
大久保修平 氏 (本学名誉教授・地震研究所元所長) 評 (『測地学会誌』第66巻 2020年11月)
https://doi.org/10.11366/sokuchi.66.22