『競争法ガイド』の魅力は、競争法の実相を、細部にこだわらず、大づかみにしたところにある。様々なものが行き交って活気に溢れる分野を紹介しようとすると、どうしても、話は難しく、細かく、なりがちである。著者は、これを意識的に避けて、重要なことに集中し、細かいことを削ぎ落とす。入門書は、優れた判決のように洞察に富むものであると同時に、優れた詩のように濃縮されたものである必要がある、と著者は述べる。例えば第10章は圧巻であり、世界各国の競争法を紹介するにあたって、どの国では何という名前の法律の何条で何を規定し、などと羅列するのでなく、それぞれの本質を捉えるには何を見ればよいかという共通の枠組みを提示し、その枠組みの有効性を例証するために特徴的な国の競争法の概要を紹介する、という方法を採用している。
歴史や文化といった深い部分と、グローバル化・デジタル化という先端の部分とが、バランスよく調合されているのも、本書の特徴であろう。著者は、表面的には米国一強であった時代の欧州での競争法の状況に関する研究と、グローバル化の中での競争法の変化に関する研究とで、それぞれ1冊の研究書を刊行済みである。それらに示された学識と本質把握力とが、本書において遺憾なく発揮されている。
本書は、建前を建前として論ずる。例えば、競争法の法目的を論じた箇所では、世界のどこの競争法にも、言語化された法目的のほかに、言語化されていない法目的がある、とする。賄賂・腐敗・利益誘導・出世欲などといった、人間の弱い部分も、それが競争法をめぐる現象の原因となっているならば、ありのままに描く。例えば、競争当局の担当官が集まるグローバルな会合では、各国の担当官は、米国やEUといった先進的な法域の担当官から気に入られるような言動を取るようになる、と分析される。新時代の競争法の法執行は競争当局と企業との間の協力によって進めるべき、などと言われるが、著者の手にかかれば、「対話と交渉は、企業に競争法を守らせる手段として、正式の事件という形で立件したり訴訟を提起したりする場合より安価であるのが通常である」から、「小さくて資金の少ない競争当局には特に好まれる」と描写される。
気づいている人は気づいているが必ずしも正面切って言語化されていなかった、という様々な知見を、本書は世に送っている。私は、原著を翻訳する過程にあった2020年4月、感染症拡大のもとでのオンライン授業の萌芽期に、東京大学の文科一類に入学したばかりの1年生を対象とした授業「法I」において、本書第4章の仮訳を教材として用いた。議会・行政当局・裁判所、そしてそれらを取り巻く国内社会や国際社会が、それぞれの利害を内に秘めながら交錯する様子を、建前ばかりに囚われず、具体的に描いた部分である。法学入門の素材としても、打って付けであった。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 教授 白石 忠志 / 2022)
本の目次
日本語版凡例
第1章 本書のねらい
1 本書の目標
2 目標を達成するための具体的な方法
3 本書が行わないこと
4 本書の全体の概観
5 本書の使い方
第1部 競争法の内容・法目的・判断手法
第2章 競争法の真の姿
1 競争法をわかりにくくしている諸々の要素
2 競争法はどのような問題に対処する法であるのか
3 競争法の中核的定義
4 多様性をもたらす諸側面
第3章 競争法の法目的と実際の運用
1 言語化された法目的
2 経済的な法目的論
3 社会的・政治的価値を重視する法目的論
4 言語化されていない法目的
第4章 関係機関と判断手法
1 議会
2 競争当局
3 裁判所
4 競争当局や裁判所における判断手法
5 強制と圧力
第2部 競争法の違反類型
第5章 反競争的な合意
1 競争者間の合意 (水平的合意、カルテル)
2 競争関係にない者による合意 (垂直的合意)
第6章 支配的地位にある企業の単独行為
1 検討の出発点としての力
2 市場画定
3 支配的地位と独占力
4 排除行為
5 排除行為をどのように呼ぶかの違い
6 搾取行為
7 単独行為の立件
8 経済的な従属と相対的な支配力
9 国際的視野から見た分類
第7章 企業結合
1 企業結合規制の歴史
2 企業結合規制の主な特徴
3 事前届出
4 企業結合審査
5 企業結合審査
6 企業結合規制の国際的側面
7 コメント
第3部 各法域の競争法
第8章 米国反トラスト法
1 米国反トラスト法の成り立ち
2 法目的
3 判断手法と違反要件論
4 関係機関と手続
5 反トラスト法の原動力
6 対象となる行為
7 州の反トラスト法
8 グローバルな競争法システムのなかでの米国
第9章 欧州の競争法
1 基本構造
2 EU加盟国の役割
3 EUの関係機関
4 法目的
5 違反要件
6 国際的役割
第10章 他の法域の競争法を理解する方法
1 様々な前提条件
2 共通した前提条件を持つ法域のグループ
第4部 国際的な躍動と変化の動向
第11章 グローバルシステム
1 管轄権
2 動的なシステム
第12章 競争の変容と競争法の変化
1 グローバル化の深化
2 デジタルエコノミー
3 競争法への影響と対応
4 競争法への影響と対応
本書の読み方
解題 (白石忠志) / 訳者あとがき
索引
関連情報
グローバル化とデジタル化が進む新時代に必読!!
世界の競争法を知り尽くした重鎮による入門書
Competition Law and Antitrust: A Global Guide - 競争法ガイド
http://www.utp.or.jp/special/CompetitionLaw/#top
原著:
David J. Gerber著『Competition Law and Antitrust』 (OXFORD University Press刊 2020年8月27日)
https://global.oup.com/academic/product/competition-law-and-antitrust-9780198727477?cc=jp&lang=en&
書評:
[弁護士RECRUIT GUIDE 2023] Recommended Book: 武井祐生 弁護士「先輩弁護士が薦める読んでおくべき書籍」 (Business & Law 2023年2月1日)
https://businessandlaw.jp/recruit_features/recruitguide2023-books/
滝澤紗矢子 (東京大学大学院法学政治学研究科教授) 評 (『ジュリスト』2022年11月号/No.1577 2022年10月25日)
http://www.yuhikaku.co.jp/jurist/detail/020968
Coffee Break: 新刊書紹介 (一般社団法人 日本知的財産協会ホームページ 2022年1月)
http://www.jipa.or.jp/coffeebreak/sinkan/2201.html#P1
短評 (『日本経済新聞』 2021年10月9日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO76462680Y1A001C2MY6000/
安達貴教 (京都大学経営管理研究部) 評「自分の研究に関連して紹介したい本」 (京都大学アカデミックデイズ2021 2021年9月29日)
https://research.kyoto-u.ac.jp/academic-day/a2021/a2021-p009/
書籍紹介:
新刊紹介 (『知財管理』第72巻第1号 2022年1月)
http://www.jipa.or.jp/kikansi/chizaikanri/syoroku/72syoroku.html
林明夫 (開倫塾 塾長)「林明夫の歩きながら考える」 (『私塾界』第195回)
http://kairin.co.jp/akio/shijuku/2021/2021.11.pdf
協会会長のコラム「協会会長が読む競争問題」 (競争法研究協会ホームページ 2021年5月10日)
http://www.jcl.gr.jp/column/055_column.php