
書籍名
Humanities Center Booklet 関東大震災と東大医学部第二外科 東京大学ヒューマニティーズセンター オープンセミナー第57回より
判型など
39ページ
言語
日本語
発行年月日
2022年9月1日
ISSN コード
2434-9852
出版社
東京大学連携研究機構ヒューマニティーズセンター
出版社URL
学内図書館貸出状況(OPAC)
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1923年の9月1日に、関東地域は関東大震災に襲われた。東京や横浜のような大都市は完全に破壊され、死者数は10万人を超すものであった。多くの市民は自暴自棄となり、1000人を超える朝鮮人移民を殺戮した。この大震災に関する学術書や一般書は多数存在し、都市の破壊、興奮した市民たち、そして殺された朝鮮人移民に光があてられている。その一方で、その反対側の状況の研究は進められていない分もある。日本においては長期間にわたって地震による破壊が頻繁にあり、日本の人々は破壊された都市や傷ついた人々を救う習慣も存在している。特に19世紀末からは、負傷した患者たちを助けるために、自分たちの地域の外に医療チームを組織して送り込む習慣がある。関東大震災の折にも、東京や横浜の破壊の数日後には、東京などの外の地域に存在した医学校が、東京、横浜などに医療チームを送り込み、負傷した人々を救っていた。東京帝国大学の医学部と病院は、地震によって破壊され火災に襲われていたのでしばらくは機能しなかったが、およそ10日後からは緊急医療対策に参加するようになった。そこでなにがされたかを示す非常に価値が高い史料が残っている。東京大学の健康と医学の博物館の館長である大江和彦教授が、歴史学者と社会学者が関東大震災に関連する東京大学医学部旧第二外科の史料を読むことを許してくださった。その史料を分析して、大震災時の医学部の教授たち、医師たち、看護婦たち、そして患者たちがアーカイブに残した貴重な記録を読むことができた。
このブックレットには鈴木淳と鈴木晃仁の二つの講演が収められて、関東大震災における医療のはたらきと、患者がどのように反応したかが論じられている。鈴木淳は東京の東側が破壊と火災で大きな被害を受けたことを論じた。また、関東大震災の中核となる火災は、東大とかなり近かったことが論じられた。鈴木晃仁は、患者の病床日誌がドイツ語と日本語の二つの言語で書かれていることを論じた。また、外科手術を経験した二人の患者を取り上げ、彼らの対応が異なっていることを論じた。この講義のあと、専修大学の廣川和花先生、武蔵大学の北村紗衣先生という二人の若き俊英にお願いし、医療と身体についてコメントをいただき、鈴木淳と鈴木晃仁からの対応があった。そのあと、多くのコメントをいただき、二人の鈴木が回答をした。おそらく最も重要で意味がある貢献は、4人の大学院生がしてくださった。ことに病床日誌が手書きであること、多くのドイツ語が現れるテキストであり、それらを読んでくださった小田泰成君、堀弥子さん、正月瑛君、山中愼太郎君に感謝を申し上げる。
これは、東京大学の医学部と大学病院の活動を、歴史学と社会学の力を使って明らかにする運動の第一歩である。このテキストを含めて2冊のブックレットを出版してきた。もう一冊は「関東大震災と東大医学部第二外科 II」であり、YouTubeにアップロードされている。講義は赤川学と鈴木晃仁。コメントは、俊英の高林陽展先生 (立教大学准教授)、中尾麻伊香先生 (広島大学准教授) が行ってくださった。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 鈴木 晃仁 / 2023)
本の目次
鈴木 淳
2 関東大震災の外科カルテ:患者と医師とドイツ語カルテ
鈴木晃仁
3 総合討論
廣川和花
北村紗衣
関連情報
第82回HMCオープンセミナー「関東大震災と東大医学部第二外科 II」 (主催:東京大学ヒューマニティーズセンター 2022年9月23日)
https://www.youtube.com/watch?v=Twnv1zzOX-A
関連シンポジウム:
大正関東地震100年シンポジウム「関東大震災と東京大学――教訓を首都直下地震対策に活かす」 (『学内広報』no. 1573 2023年8月25日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400221389.pdf