東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

表紙にモノクロの関東大震災のときの町写真

書籍名

講談社学術文庫 関東大震災 消防・医療・ボランティアから検証する

著者名

鈴木 淳

判型など

224ページ、A6判

言語

日本語

発行年月日

2016年8月1日

ISBN コード

978-4-06-292381-1

出版社

講談社

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関東大震災

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関東大震災を対象とする歴史研究は従来から数多くあるが、朝鮮人・中国人等に対する迫害問題に着目することが一般的であった。この問題の重要性は今も変わらず、本書でも扱っているが、本書の特色は、それ以外の面にも目を向け、災害の実情と、それに立ち向かった人々の奮闘や限界を実証的に描くことで、これから災害に立ち向かう人々の参考に供しようという執筆の意図である。
 
私の大学院生時代の研究テーマの一つに、新技術の導入によって東京の消防組織がどのように変化したかという課題があった。そして、大学教員としての最初の年に阪神淡路大震災を迎え、自分が何をすべきか考えて歴史研究を防災に役立てる可能性に思い至った。阪神淡路大震災の被害が主に建造物の倒壊で生じたため、従来は関東大震災の経験に由来して大規模火災が中心であった地震災害の印象が大きく変わった。しかし、地震による大規模火災の可能性がなくなったわけではなく、また関東大震災時の対応の失敗が、阪神淡路大震災で繰り返された例も見られた。ちょうど、関東大震災の経験者もほとんどいなくなった。そこで、関東大震災時の記録や当事者たちの回想を集め、対照しながら批判的に読むことで、忘れられた、あるいは責任問題の関係などからその時点では明示されなかった事象や教訓を明らかにして、関係者の心構えも含めて防災体制の整備に役立てたいと考えた。阪神淡路大震災後に活発に行われた防災シンポジウムや政府の審議会で防災に取り組む研究者や実務者たちと交流して、その意思は一層深まった。
 
関東大震災での大都市の被害は東京より横浜が深刻で、神奈川県内では津波や土砂災害もあった。しかし、本書は対象を東京にしぼっている。災害対応がかなりの程度行われ、豊かな記録が残っているため、防災上の教訓を得るのに適しているからである。そして、当時の防災体制、大規模火災を中心とした被害のありようと発災直後の人々の対応を描いた。新技術の過信や災害への想像力不足といった被害を拡大した要因、現場で生じた様々な齟齬、さらには被災者救護の妨げともなった朝鮮人迫害の由来、そして、家を失った多くの人々にとって被災地内の被害の軽かった住民たちによる食事や寝る場所の提供が最も有効な救護となったことなどは今後起こり得る災害への対応に役立つ教訓となり得よう。また、災害ボランティアが在郷軍人会や青年団による救援隊の形をとり、被災者の雇用を確保するため無償での活動が半月ほどで打ち切られたことや、震災後の数日間で数百万の被災者が東京を離れたことなどは、時代性が強いが、地震以外、あるいは海外の災害やそれへの対応の可能性を考える上では有用かと思われる。
 
歴史学の目的が教訓の抽出に限られないことは言うまでもない。しかし、歴史学の手法による歴史的事象の可能な限り正確な把握が有用な教訓を導き出し、また将来そのような検証に曝らされると予想されることが現在の人々の誠実な活動を引き出すという歴史学の効用も大切にすべきであろう。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 鈴木 淳 / 2018)

本の目次

第一章 震災当時の防災体制
第二章 猛火と戦った人々
第三章 放置された重傷者 ―江東地区における罹災者医療
第四章 大正の震災ボランティア

関連情報

災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成20年3月 | 1923 関東大震災【第2編】
本書執筆後に著者が主査を務め、他の研究者と共に関東大震災時の応急対応についてより幅広くまとめた中央防災会議災害教訓の継承に関する専門調査会の報告書。

http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/index.html