本書は、ジャイナ教が今日に至るまで残してきた膨大な文献資料のうち、白衣派と呼ばれる分派が伝承してきた聖典から、その主要部分を日本語で翻訳したものです。
ジャイナ教は、仏教とほぼ同じ時代にガンジス川中流域で興った宗教です。各時代と地域における政治権力と関係を保ちつつ、同時に他のインド諸宗教との緊張関係の中で、宗教哲学や文学のみならず、医学や天文学、占術など、あらゆる分野で連綿と著作を残し、独自の地位を築いてきました。今やその信者数はインド総人口の0.4%にすぎませんが、信者の多くが高学歴と高識字率を保ち、インド全体の個人納税額の20%を納めるなど、宗教マイノリティながらも特異な位置をインド社会で占めています。ジャイナ教を研究し、その成果を研究者間だけでなく広く社会で共有することは、ジャイナ教をよりよく理解するために必要なだけではなく、彼らが歴史上関係してきた諸宗教や世俗権力、更には現代インド社会を知るためにも不可欠でしょう。
ところが、ジャイナ教を理解するための基礎のひとつである、各種文献資料の翻訳は、わが国ではそのほとんどが学術誌や紀要といった専門的な媒体に公表されるに留まっていました。とりわけ、ジャイナ教の出発点である最古の一次資料、つまり白衣派ジャイナ教の聖典の一般読書界への紹介は、鈴木重信『耆那教聖典』(世界聖典刊行協会、1920年) に含まれた「カルパスートラ」という経典の和訳があるのみでした。
本書は以上のような現状を打開し、ジャイナ教文献を最新の成果に基づいて和訳して社会へ提供すべく、鈴木重信の仕事以来100年の時を経て企画されたものです。
本書では、最初にジャイナ教を理解する前提となる諸事項を解説して本書全体の導入とし、白衣派聖典でも最古層に位置する経典の翻訳によって最古のジャイナ教の実態を示しています。次に、僧俗双方の具体的な戒律を記した文献の訳出によって両者の宗教生活のありかたを示し、仏教経典との並行関係が見られる一経典の抄訳を示してから、最後にジャイナ教の実質的な開祖であるマハーヴィーラの伝記を訳出しました。これらを一読することによって、古いジャイナ教の姿を過不足なく俯瞰できるような構成になっています。
多くの日本人にとって、ジャイナ教は高校の教科書で数行程度の説明を見、期末テストを受けた後は記憶から消え去る程の存在ではないでしょうか。しかし、ジャイナ教は日本に住む人々の生活から完全に隔絶した存在というわけでもありません。ごく身近な例でいえば、神戸にジャイナ教寺院があり、御徒町にジャイナ教徒の宝石商が多数いてレストランまでも経営し、蔵前に本拠地をおく著名なインド食料品店の社長がジャイナ教徒であることを、ご存じの方もおられるのではないでしょうか。本書が、少しでも多くの人々にジャイナ教について知っていただくきっかけになればと願っています。
(紹介文執筆者: 附属図書館 助教 河﨑 豊 / 2023)
本の目次
第I篇 最古の様相
第1章『アーヤーランガ』第一篇
第2章『スーヤガダンガ』第一篇 (抄)
第3章『ウッタラッジャーヤー』(抄)
第II篇 出家者の生活規定と在家者の宗教生活
第4章『ダサヴェーヤーリヤ』
第5章『ウヴァーサガダサーオー』第一章
第III篇 仏典との類似経典
第6章『ラーヤパセーニヤ経』(抄)――パエーシ王物語
第IV篇 祖師マハーヴィーラの生涯
第7章『ジナチャリヤ』(抄)――誕生から入滅まで
第8章『ヴィヤーハパンナッティ』第九篇第三三章
――最初の母との邂逅と教団の分裂
訳注
解題
関連情報
安藤嘉則 (駒沢女子大学長) 評 (中外日報 2023年1月20日 6面)
山畑倫志 評 (『週刊読書人』 2023年1月6日 4面)
https://jinnet.dokushojin.com/products/3471-2023_01_06_pdf
安藤嘉則 (駒沢女子大学学長) 評「今年の3冊」 (『仏教タイムス』 2022年10月20日 号5面)
書籍紹介:
「ジャイナ教 興味もつ契機に」 (朝日新聞[宮崎版]朝刊 2023年3月7日 23面)
対談「挫折したけど中身を知りたい『名著』の話」古市憲寿×堀田和義 (FILT 2023年1月)
https://filt.jp/lite/issue120/s07.html
「今月の仏教関連書籍レビュー」 (『月刊住職』 2022年12月号)
https://www.kohzansha.com/buhsyo/buhsyo202212.html