大学4年間の行動経済学が10時間でざっと学べる
「行動経済学」という言葉は、近年、テレビのCMなども含めて一般的の人の間でも、よく聞かれるようになりました。この学問領域自体は、今から50年以上前の1970年代後半に、2人の心理学者トベルスキーとカーネマンによって確立されたものです。
従来の経済学では理論構築の前提として、人は、「超合理的にふるまう」、「超自制的にふるまう」、「超利己的にふるまう」、という「ホモエコノミカス=経済人」を仮定しています。しかしながら、実際の人間は必ずしも超合理的ではなく、ほどよく合理的で、ほどよく自制的で、ほどよく利己的な存在です。従来の経済学で見落とされていた生身の人間行動を心理学で解き明かし、伝統的な経済理論を拡張することによって新たな知見を見出そうというのが「行動経済学」です。
東京大学経済学部には、経営学科に所属する私の授業以外で「行動経済学」と名のつく講義は存在しません。行動経済学の概念は、経済学の各分野 (公共、産業組織、開発経済、労働、健康・医療、教育など) の中に組込まれ、独自に展開されています。つまり、伝統的な経済学の中にもそれほど浸透しているという証でもあります。したがって、行動経済学の基本を学ぶことは、理論、実証に関わらず、経済学を勉強する全ての人に大きく役立つはずです。
私は米国イリノイ大学のビジネススクールで6年間、東京大学で25年間、学部と大学院でマーケティングの教壇に立ってきました。この本は、東京大学経済学部の講義「行動意思決定論と行動経済学」に基づいたものです。学生が授業で取り上げた事例や論文、そして学生からのフィードバックなど、私自身がこの講義を教えることで学んだ多くのことが反映されています。
本書は4部で構成されています。
第1部では、行動経済学の基本的な考え方を説明するとともに、超合理的、超自制的、超利己的なホモエコノミカスが、現実の人の行動とどのように違うのかを、様々な例を用いて紹介します。
残りの3部は、学問としての行動経済学の潮流である (1) 現象の描写、(2) メカニズムの説明と理論、(3) 実社会への適用、にそれぞれ対応しています。
第2部「現象の描写」では、人の非合理的な行動がどのような状況で発生して、どのような規則性を持つかを、心理学の理論を織り込みながら、人間行動の観察や実験に基づいて整理します。
第3部「メカニズムの説明と理論」では、なぜそのような非合理性が発生するのかを系統立てて考察します。これには理論構築や、伝統的な経済理論を拡張・発展させて予測 (このように行動するだろう) や規範 (このように行動すべき) のために用いる行動モデルの構築が含まれます。この章では、ほどほど合理的 (プロスペクト理論、心理会計、取引効用理論)、ほどほど自制的 (割引解釈レベルモデル)、ほどほど利己的 (社会的選好モデル) な理論・モデルを紹介します。
第4部「実社会への適用」では、検証された行動経済学的な要因を既存の分析と比較した時、描写、説明、予測においてどう優れているのか、そしてどのような経済的なメリットをもたらすかを、政策、企業戦略、個人への具体的な提案も含めて紹介します。適用分野として、公共政策 (ナッジ)、マーケティング、金融 (行動ファイナンス)、人事管理・自己実現を紹介します。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 阿部 誠 / 2024)
本の目次
第1章 行動経済学への招待
第2章 あなたは超合理的にはふるまわない
第3章 あなたは超自制的にはふるまわない
第4章 あなたは超利己的にはふるまわない
2部 人の行動の癖を見極める:非合理的行動の描写
第5章 ヒューリスティックとバイアス
第6章 利用可能性ヒューリスティック
第7章 代表性ヒューリスティック
第8章 固着性ヒューリスティック
第9章 その他のバイアス
第10章 その他のヒューリスティック
3部 非合理的な人の行動の理由を知る:非合理的行動のメカニズム
第11章 情報処理のメカニズム
第12章 プロスペクト理論
第13章 金銭に関する態度メカニズム:心理会計
第14章 取引に関する態度:取引効用理論
第15章 非自制的な行動:選好の逆転
第16章 社会的選好
4部 行動経済学の応用
第17章 ナッジ
第18章 マーケティング
第19章 金融
第20章 経営・自己実現
関連情報
時代と共に発展し続ける「行動経済学」~阿部誠先生 (経済学部) ~ (UT-BASE 2024年1月13日)
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