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白と赤の表紙

書籍名

岩波新書〈シリーズ アメリカ合衆国史〉[3] 20世紀アメリカの夢 世紀転換期から1970年代

著者名

中野 耕太郎

判型など

282ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2019年10月18日

ISBN コード

9784004317722

出版社

岩波書店

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20世紀アメリカの夢

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本書は岩波新書の「シリーズ・アメリカ合衆国史」(全4巻) の第3巻である。このシリーズは、植民地時代から2010年代まで、最新の個別研究を踏まえてアメリカの通史をコンパクトに書き直そうという企画であった。そして、『20世紀アメリカの夢』と題したこの第3巻は、1901年から1973年の時期を対象とした「現代史」である。
 
本書は、革新主義と呼ばれる20世紀初頭の社会改良思潮の分析から書き起こされる。ここで強調したのは、有名無名の革新主義者たちが、19世紀末の工業化、都市化が生んだ「社会問題」に敏感に反応したこと、そして、彼らがアメリカの自由と民主主義に貧困や労働、住環境といった「社会的な」領域を新たに見出したことだった。これは後のニューディール政策や戦後の福祉国家につながるブレイクスルーであったが、同時に、この「社会的なもの」への関心が、20世紀アメリカに移民制限や人種隔離など独特のエスノ・レイシャルな社会秩序をもたらしたというのが、類書にない本書の主張であろう。
 
そうした立場から本書は、1930年代のニューディールを、あくまで多元的な「経済セキュリティ」の体制だったと評価する。たしかに、ニューディールは失業と貧困の問題に向き合った偉大な運動であったが、結局それは、物質主義的な分配に基づく社会統合であり、現存する人種差別に対しては無策であった。それゆえ、のちの黒人や女性の権利要求運動は、いわばニューディールを打ち破るような形で台頭することになる。換言すれば、戦後アメリカの福祉国家は黒人の市民権運動を完全に内部化することができなかったのであり、その事実は、60年代末におけるニューディール政治連合の瓦解過程が雄弁に物語っている。
 
こうした国内政治史の展開をアメリカの対外政策と結びつけて論じたのも本書の特徴である。例えば、革新主義期の社会政策の多くがキューバやフィリピンなどの植民地で先行的に試され、その後アメリカ本国へ逆輸入された事例などを考察した。実のところ、この帝国の内と外の相補的関係は、アメリカが覇権国家となった冷戦期の海外援助と国内の福祉政策の関係にも見ることができる。1960年代、低開発国への援助の中で育まれた人材とノウハウがアメリカへ還流し、ハーレムなどでの「対貧困戦争」で活用されたのである。また本書では、米ソ冷戦がある種の外圧としてアメリカの国内改革を促したことも指摘した。アメリカが民主的な福祉国家を形成することは、ソ連に対して軍事的、イデオロギー的優位を保つうえで必要なことでもあった。「ブラウン判決」などアメリカ国内の人種関係の改善が、冷戦構造の中ではじまったことは、実に示唆的な事柄である。
 
最後に、本書の歴史叙述の終点が1973年であることも、従来の概説書 (しばしば、1968年や1989年に注目)との違いだろう。1973年はニューディールの「大きな政府」が一気に後退し、代わって文化的な保守主義と新自由主義経済が勢力を増した「時代の転機」だった。そして、このとき露わとなったリベラルと保守の熾烈な角逐は、現代のアメリカ政治の基調となっている。本書をとおして綴られる20世紀の物語は、今日のアメリカの「分極化」の歴史的文脈を知るうえでも重要な論点を提供するだろう。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 中野 耕太郎 / 2025)

本の目次

はじめに

第一章  革新主義の時代
 1 社会改革の理想と現実
 2 人種・民族的な国民社会
 3 革新主義とアメリカ帝国

第二章  第一次世界大戦とアメリカの変容
 1 中立期の政治
 2 参戦への道程
 3 総力戦と市民社会
 4 戦争とナショナリズム

第三章  新しい時代──一九二〇年代のアメリカ
 1 反動政治の実相
 2 新しい時代
 3 去り行く平和

第四章  ニューディールと第二次世界大戦
 1 百日議会
 2 ニューディール連合の形成
 3 善隣外交から第二次大戦へ

第五章  冷戦から「偉大な社会」へ
 1 冷戦時代のはじまり
 2 第三世界とアメリカ
 3 「偉大な社会」と市民権運動

第六章  過渡期としてのニクソン時代
 1 サイレント・マジョリティの発見
 2 権利の政治と破砕の時代

おわりに

あとがき

図表出典・略語一覧
主要参考文献
略年表
索 引

関連情報

特集記事:
〈特集〉アメリカ大統領選挙 (岩波書店ホームページ 2024年10月25日)
https://www.iwanami.co.jp/news/n49945.html

著者インタビュー:
ミレニアル・Z世代が支持、「大きな政府」の米国史
東京大学・中野教授に聞くアメリカ史 (前編) (東洋経済ONLINE 2021年12月28日)
https://toyokeizai.net/articles/-/471382
 
左傾化する若者「ジェネレーションレフト」の祖先
東京大学・中野教授に聞くアメリカ史 (後編)  (東洋経済ONLINE 2021年12月30日)
https://toyokeizai.net/articles/-/471655

書評:
都甲幸治 (早稲田大学文学学術院教授) 評「【書評】中野耕太郎『20世紀アメリカの夢』」 (都甲幸治 | note 2022年9月28日)
https://note.com/koji_toko/n/n255ddd6ff3ed
 
中野博文 評「ポピュリズム時代に描かれたアメリカ史像――『シリーズ・アメリカ合衆国史』(1)~(4)」 (『アメリカ史評論』第39号39-35頁 2022年3月)
https://kansaiamericanhistory.jimdofree.com/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%8F%B2%E8%A9%95%E8%AB%96/
 
油井大三郎 評「今、アメリカ合衆国の通史をどう書くか――岩波新書シリーズ・アメリカ合衆国史全4巻をめぐって」 (『西洋史学』272巻p.55 2021年)
https://doi.org/10.57271/shsww.272.0_55
 
生井英考 (立教大学アメリカ研究所所員) 評「「シリーズ アメリカ合衆国史」 新機軸で描く大国の躍動と揺らぎ 朝日新聞書評から」 (朝日新聞 2020年9月26日)
https://book.asahi.com/article/13760222
 
生井英考 評 (『新潟日報』 2019年12月29日)

本よみうり堂:藤原辰史 (農業史研究者 京都大准教授) 評「強さよりももろさを観察」 (読売新聞 2019年12月15日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20191214-OYT8T50120/
 
書籍紹介:
4. 諸地域の結合・変容 新科目「世界史探究」をよむ (みんなの世界史 | note 2022年7月17日)
https://note.com/sekaishi/n/n5e23ad5bb78f
 
イベント:
岩波新書〈シリーズ アメリカ合衆国史〉合評会 (南山大学アメリカ研究センター 2021年6月26日)
https://rci.nanzan-u.ac.jp/america/ja/activities/021538.html
 

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