韓国における少子高齢化のスピードの速さはよく知られている。高齢化率が7%から14%へ達する所要年数は日本が24年であり欧米諸国よりもはるかに速かったが、韓国はそれよりも速く18年であった。合計特殊出生率は1990年には1.59 (日本1.54) であったものが、2000年には1.47 (日本1.36)、2020年には0.84 (日本1.30) となっており、少子化の進展スピードも日本よりはるかに速い。また、韓国では1990年代末のアジア通貨危機により大量の失業・貧困者が生み出され、新たな公的扶助の導入と社会保険の拡充を行い社会保障制度の創設をみたが、それと同時にそれらの制度では対応が難しい不安定な雇用環境に置かれる人々の存在が政策課題となってあらわれた。
本書は、以上のような状況下における韓国の福祉事情、具体的にいえば、社会保障制度の現状と改革の展開について論じている。本書の特筆すべき特徴は2点ある。
まず、各章のすべてが「なぜ」という問いから始まっていることである。たとえば、「なぜ、税方式の基礎年金が拡大しているのか」「なぜ、民間『認知症保険』の加入が進むのか」「なぜ、少子化対策は効果がないのか」などのように、各章のタイトルをみるだけで、その章での問題関心を理解することができる。
つぎに、韓国の社会保障制度改革にみられる特徴を、「社会サービス国家」「社会保険ではない制度」「準普遍主義」と捉え、それを「脱キャッチアップ的挑戦」とそのなかで展開される「福祉国家的ではないもの」としてみている点である。韓国的な取り組みを論じた各章それぞれが興味深いものであることはさることながら、それらが、後発福祉国家としての韓国が先進国のキャッチアップを超えてその先進諸国の歴史的経緯とは異なる新しい道を切りひらこうとしているのではないかという問題意識が共有されている点が注目に値する。
本書は、上記の問題関心と社会保障制度改革にみる3つの特徴,そしてそのような韓国的経験の示す意味について述べた序章、「なぜ」から始まる17章と終章からなる。社会保険や公的扶助を中心とした現金給付と関連する制度改革 (第1~3章)、就労およびケア関連のサービス給付と関連する政策展開 (第4~12章)、各種サービスの担い手や提供の仕組み (第13~17章) が取り上げられている。各章を通じて、日本との相違点およびこれらの韓国における改革の「光」と「影」の両側面が浮かび上がってくる。
少子高齢化や不安定雇用の広がりなどの新しい社会リスクは日本にもみられる。社会経済政治的状況が異なることはあるものの、韓国の経験がいかなる意味をもつのかを明らかにすることは、日本に対しさまざまな政策および実践現場への示唆をもたらすのではないだろうか。日本で学び日本で社会学、社会福祉学、政治学領域の研究と教育に携わっている韓国出身研究者によって執筆された本書は、韓国の福祉事情に対する理解を深め日韓の学術・実践・政策の架け橋となる一冊である。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 金 成垣 / 2025)
本の目次
序 章 社会保障制度改革にみる「脱キャッチアップ的挑戦」
第1章 なぜ、「社会保険ではない制度」が広がりつつあるのか
第2章 なぜ、税方式の基礎年金が拡大しているのか
第3章 なぜ、民間「認知症保険」の加入が進むのか
第4章 なぜ、公的扶助で「就労の場」の提供が進められてきたのか
第5章 なぜ、社会的経済政策が進められてきたのか
第6章 なぜ、高齢者貧困が深刻化するのか
第7章 なぜ、高齢者の孤独死を防止できたのか
第8章 なぜ、長期療養保険制度下に介護予防事業が存在しないのか
第9章 なぜ、少子化対策は効果がないのか
第10章 なぜ、養育費履行確保制度の強化は可能だったのか
第11章 なぜ、政治は障害者運動に反応したのか
第12章 なぜ、在留外国人の福祉アクシビリティ確保が推進されてきたのか
第13章 なぜ、総合社会福祉館が地域福祉の担い手になったのか
第14章 なぜ、農村ではマウル会館に高齢者が集まるのか
第15章 なぜ、療養保護士の国家資格取得者が多いのか
第16章 なぜ、「死の教育」関連の民間資格が急増したのか
第17章 なぜ、福祉行政ICT戦略が迅速に進んだのか
終 章 新たな挑戦をどうみるか:示唆と展望
参考文献/事項索引/執筆者紹介
編著:
金 成垣 東京大学大学院人文社会系研究科教授
金 圓景 明治学院大学社会学部社会福祉学科准教授
呉 世雄 立命館大学産業社会学部准教授
著者:
裵 俊燮 明治学院大学国際学部国際学科専任講師
金 碩浩 愛知県立大学教育福祉学部社会福祉学科准教授
李 省翰 佐久大学人間福祉学部人間福祉学科専任講師
鄭 煕聖 関東学院大学社会学部准教授
金 美辰 大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授
姜 民護 同志社大学社会学部社会福祉学科助教
孔 栄鍾 佛教大学社会福祉学部社会福祉学科准教授
李 恩心 昭和女子大学人間社会学部福祉社会学科准教授
崔 恩熙 松山東雲女子大学人文科学部心理子ども学科講師
金 吾燮 熊本学園大学社会福祉学部特任講師
任 セア 立教大学コミュニティ福祉学部福祉学科助教
孔 英珠 西南学院大学人間科学部社会福祉学科准教授
羅 珉京 長野大学社会福祉学部准教授
関連情報
出版記念シンポジウム『現代韓国の福祉事情-キャッチアップか、新しい挑戦か』 (同志社大学 新町キャンパス 2025年1月28日)

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