無限時間経過後の量子状態を表すニューラルネットワークの構築に成功 量子物理学のさらなる理解を加速
東京大学大学院理学系研究科の吉岡信行大学院生と濱崎立資大学院生は、エネルギー散逸の影響に長時間さらされた量子状態が到達する定常状態を、ニューラルネットワークによって表現する手法を提案しました。本研究成果は、2019年6月28日付で、物性物理分野の学術雑誌であるPhysical Review Bに掲載され、雑誌編集者による注目論文(Editor’s suggestion)として採択されました。さらに、特にインパクトのある論文として、米国物理学会誌PhysicsによるViewpoint記事にて紹介されました。
量子物理学の支配するミクロな世界。その性質は、エネルギーが保存するように「孤立」しているか、流入/散逸が起こりうるように「開放」されているかに呼応して、全く異なる様相を呈します。特定の物質や実験装置を完全に遮断することはできないため、現実的に存在しうるのは「開放」された量子状態です。その振る舞いの中でも、無限時間経過後に到達する定常的な量子状態は、安定性などの観点から非常に重要です。一方で、こうした量子状態を理論的・数値計算的に取り扱うことは難しく、シミュレート可能な数理モデルが限られるという問題を抱えています。
本研究グループは、ニューラルネットワークの一種として知られる、「制限ボルツマン機械」と呼ばれる関数の持つ高い表現能力に着目し、定常的な量子状態を効率的に表す手法を開発しました。情報科学の分野で従来用いられてきた制限ボルツマン機械の定義を拡張することで、複雑な量子相関を効率的に表現できることが知られていましたが、「開放」された量子系への応用は世界で初めての試みになります。 本成果は量子状態のシミュレーション効率を高めるだけでなく、量子物理の根本的な理解にも貢献するものと考えられます。本研究の展開が進めば、ノイズ下の量子デバイスの性能評価や、単分子接合などミクロスケールにおける輸送デバイスの設計などに応用されることが期待されます。
「本研究と同様のアイディアに立脚した論文が、他にも独立に3報発表されたことから、ニューラルネットワークの物理学への活用に世界中の研究者が注目していることが分かります」と吉岡大学院生は話します。「これまで以上に複雑なモデルを、効率的かつ高速にシミュレートする道が拓けてきました。情報科学との異分野融合を進め、量子物理学における知のフロンティアを拡大していきたいです」と続けます。
論文情報
Nobuyuki Yoshioka and Ryusuke Hamazaki, "Constructing neural stationary states for open quantum many-body systems," Physical Review B: 2019年6月28日, doi:10.1103/PhysRevB.99.214306.
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関連リンク
- 大学院理学系研究科
- 大学院理学系研究科 物理学専攻
- 知の物理学研究センター
- 大学院理学系研究科 物理学専攻 桂研究室
- 大学院理学系研究科 物理学専攻 上田研究室
- “Viewpoint: Neural Networks Take on Open Quantum Systems”