ARTICLES

English

印刷

スペアの水酸化酵素でサバイバル?  細菌tRNAの修飾過程に見出された冗長性

掲載日:2019年9月26日

tRNAの水酸化から始まる修飾生合成の概略図
tRNAの水酸化から始まる修飾生合成の概略図
 
 
(A) 修飾ウリジンの化学構造。ho5Uはcmo5Uおよびmcmo5Uの前駆体。
(B) ho5Uはシキミ酸経路に由来するプレフェン酸に依存的なtrhPによる経路と、酸素依存的な水酸化酵素であるtrhOによる経路の二つの経路によって生合成される。枯草菌においてはtrmRによってho5Uがメチル化されてmo5Uが合成される一方、大腸菌においては、cmoAとcmoBが協奏して再度プレフェン酸を用いてho5Uをカルボキシメチル化し、cmo5Uが生成される。更に一部のtRNAではcmoMによってメチル化されmcmo5Uが合成される。cmo5Uやmcmo5Uをwobble位に持つtRNAはリボソームにおける翻訳に用いられ、効率的な暗号解読に寄与する。
© 2019 酒井 雄介、木村 聡、鈴木 勉

東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の酒井雄介大学院生(研究当時)、木村聡博士研究員(研究当時)、鈴木勉教授の研究グループは、遺伝情報の解読に重要な転位RNA(tRNA)の化学修飾が、独立した二重の経路で冗長に生合成されていることを明らかにしました。細胞内における代謝経路および環境中の酸素の有無が、tRNA修飾の形成と密接に結びついていることが明らかとなり、多様な環境に適応するためのしくみであることが示唆されました。

tRNAは遺伝暗号を解読することにより、遺伝子に記述された塩基配列をタンパク質のアミノ酸配列に変換するためのアダプター分子として働きます。tRNAは転写された後に、RNA修飾酵素によって化学修飾を受けることで成熟し、初めてその本来の機能を発揮します。5-カルボキシメトキシウリジン(cmo5U)は、1969年に細菌tRNAのアンチコドンから見つかったRNA修飾です。cmo5UはtRNAの水酸化反応からはじまる多段階の酵素反応によって生合成されますが、長年の研究にも関わらず、その最初の水酸化反応の段階が不明で、その生理的機能の理解も限られていました。

本研究グループは、RNAの高感度な質量分析法を駆使した解析により、cmo5U生合成の最初の水酸化反応を担う二つの遺伝子、trhPとtrhOを発見しました。trhPはプレフェン酸依存的にtRNAを水酸化するために必須の因子であり、他方のtrhOは空気中の酸素を用いてtRNAを直接水酸化する酵素であることが明らかとなりました。大腸菌がtrhPおよびtrhOを同時に失うと、未修飾tRNAが生じることで特定のコドンの解読能が低下し、その結果、大腸菌の生育が悪化しました。これらの形質はどちらか一方の遺伝子の欠損では観察されなかったことから、この二つの水酸化経路が冗長的に寄与することが重要であることが明らかとなりました。

この研究で、tRNAのcmo5U修飾は、細胞内におけるシキミ酸の代謝経路および環境中の酸素の有無を感知し、細胞がおかれた多様な環境に適応するための機構であることが示唆されました。今後は、環境ストレスによってtRNA修飾が変動する現象を捉える研究が待たれます。

「反応機構を理解するためには、試験管内でtRNA修飾を再構成することが重要なのですが、これがずっと難航していました。tRNAとtrhOが直接結合するデータが得られた日のことは忘れられません。これが突破口となり、この翌週にはtRNA修飾の再構成に成功しました」と酒井さんは話します。「trhOは比較ゲノムで見つけました。大腸菌の遺伝子の中から100程度に絞り込んだのですが、その中で特に怪しい遺伝子を見つけた時の興奮は鮮明に思い出します」と木村さんは話します。

論文情報

Yusuke Sakai, Satoshi Kimura and Tsutomu Suzuki, "Dual pathways of tRNA hydroxylation ensure efficient translation by expanding decoding capability," Nature Communications: 2019年6月28日, doi:10.1038/s41467-019-10750-8.
論文へのリンク (掲載誌別ウィンドウで開く)

関連リンク

アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる