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ネットゼロへの道 ─ COP27とこれから

掲載日:2023年4月7日

2022年11月、エジプトのシャルム・エル・シェイクでCOP27(第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議)が開催されました。グローバルな議論における大学と非国家主体の役割、早急なアクションの必要性について、グローバル・コモンズ・センターダイレクターの石井菜穂子教授に聞きました。

COP27

『プラネット・ポジティブ・ケミカルズ』報告書について議論(会場:COP27ジャパンパビリオン、主催:東京大学グローバル・コモンズ・センター)

―― どのような期待を持ってCOP27に出席されましたか?会議は期待に応えるものだったのでしょうか?

2021年にグラスゴーで開催されたCOP26では、より高い目標を掲げようとする機運があり、様々な取り組みがなされました。それに比べてCOP27は、シャルム・エル・シェイク到着以前から期待値は低く、結果もそれ以下でした。想定はしていましたが、残念ながら2022年のCOPでは本当に必要な結果は出せなかったと思います。

Food Systems Pavillion
COP史上初の「食糧システム」をテーマとしたパビリオン ©COP27 Food Systems Pavilion

良かった点としては、27年目にして初めて食料システムと海洋に焦点をあてたパビリオンが出展されたことです。気候変動への対策として、エネルギー転換だけでなく、食料システムの変革や海洋が直面する問題への取り組みが欠かせないという認識を世界が共有しました。多くのシステムの地球規模での転換が必要なことが明らかになった今、COPは複数の課題に同時に取り組むのに適した場所と言えるでしょう。

また、国際的なイベントであるCOPが他のイベントに与える影響も見逃せません。世界海洋サミットアジア太平洋大会(11月29~30日、シンガポール)でもCOP27の結果に直接関係する議論が交わされました。本学で開催した東京フォーラム(12月1~2日)での対話や、生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議(12月7日~19日、モントリオール)も同様です。「COP」と聞くと「気候変動」が思い浮かぶかもしれませんが、実は他の環境条約に関してもCOPがあり、地球環境が気候以外にも重要な地球規模のシステムの数々によって構成されていることを反映しています。


非国家主体の「パラレルワールド」

―― COPの意思決定には、誰が関わっているのでしょうか?

ここ10年ほどのCOPは、国家などを代表した交渉の世界と、非国家主体による一種の「パラレルワールド」という2つの世界で構成されてきました。交渉担当者だけではなく、企業、学界、市民が協力し、世界が一丸となって気候変動に対処する必要があるとの認識が広まった結果、「パラレルワールド」がCOPの重要な一部となったのです。交渉を経たシステムの変更を実際に現場で担い、持続可能な開発に向けて行動するのは非国家主体なので、交渉担当者が文章の上で合意するだけでは不十分です。COP21の成功を後押ししたのも「パラレルワールド」でした。交渉担当者は、非国家主体からの圧力や期待を背負っています。COP21で採択された歴史的な「パリ協定」は、まさにその圧力の結果と言えるでしょう。

Prof.Ishii
 

グラスゴーで開催されたCOP26は、非国家主体の重要性を象徴するものだったと言えるでしょう。「パラレルワールド」が生み出した成果の一つに、ネットゼロへのコミットメントを実施するための資金を提供する金融機関のネットワーク「グラスゴー金融同盟」(略称GFANZ)があります。他にも、「国際サステナビリティ基準審議会」(略称ISSB)が設立され、企業がとるべき対策の意思決定を助けるため、持続可能性に関連する開示基準の統一に向けた取り組みが始まりました。また、私がとりわけ注目しているのは、よりグリーンでクリーンなバリューチェーンを構築し、産業界の脱炭素化を目指す世界的なイニシアティブである「ファースト・ムーバーズ・コアリション」(略称FMC)です。環境に配慮した結果コストがかさむ製品を生産する企業が、コアリションに参加することで取引が保障され、製品への投資と製造を継続できる仕組みです。グリーンテクノロジーへの投資を検討しながらも、高価になる製品に買い手が見つかるか分からない企業にとって、この取り組みは大きく状況を変えるでしょう。

―― 世界規模の対話の中で、大学はどのような役割を担っているのでしょうか?

約2年前に東京大学に着任したときの私の目標は、非国家主体である日本の学術界が、より実効性のある影響力を発揮することでした。私は、地球環境ファシリティ(略称GEF) のCEOを8年間務める中で、非国家的なマルチステークホルダーコアリション(*注)が持つ力と、これらのコアリションにおいて研究機関や学術界が果たせる役割をこの目で見てきました。日本では、このようなマルチステークホルダーの協働的な取り組みはまだあまり多くありません。そこで、東京大学をはじめとする大学がイニシアティブをとり、世界中のコミュニティとともに、専門的な知見とリソースを提供しあうことを実現できないかと考えています。

COP27においてジャパンパビリオンでグローバル・コモンズ・センターが発表した報告書『プラネット・ポジティブ・ケミカルズ(Planet Positive Chemicals)』 に、その可能性の一端を見出すことができます。グローバル・コモンズ・センター設立当初からのパートナーである三菱ケミカル株式会社の支援を受け、外部パートナーであるシステミック社とともに、化学産業がカーボンニュートラルを超えて、CO2などの温室効果ガス排出量を超えた吸収量を実現するクライメート・ポジティブになるためのロードマップを2年がかりで作成しました。化学産業は脱炭素化が最も難しい分野の一つです。あらゆる経済・社会生活に深く根付いている産業として、他の多くの部門におけるネットゼロへの障害になっています。このような困難かつ根本的な課題に取り組むことこそ、大学の重要な役割であると考えています。


2050年の日本

―― 日本のネットゼロへの道のりは、これから先どうなるでしょうか?

2020年、菅前首相が日本も2050年までにネットゼロを目指すことを発表し、世界と歩調を合わせるに至りました。そこで科学コミュニティが道を示すことへの期待が高まり、ネットゼロ実現に関心を持つ大学と企業のリーダーが連携するプラットフォームETI-CGC(Energy Transition Initiative - Center for Global Commons)を作りました。これまで、日本でネットゼロを実現できないのは「特殊な環境」のためであると言われてきました。しかし、このプラットフォームは、日本に特有の状況も考慮しつつも世界的に認められたモデルを活用し、科学的かつ協働的に議論する場となっています。

グラスゴーのCOP26で発表したこのプラットフォームについては、丸一年を迎えたCOP27で世界からの参加者に向けて中間報告を行い、フィードバックを受けました。特筆すべきは、日本が“特殊”だと認識されている現状、つまり“特殊性”がステレオタイプに基づく誤認にすぎないのか、もしくは科学的な根拠があるのかを、あらためて詳細に検討している点です。科学的根拠があるなら、「いかに現状に取り組み、克服するのか」、「日本にとってどのような解決策がベストなのか」もっともっと掘り下げていかなければなりません。

私たちの現時点でのシナリオでは、政府案と比べて再生可能エネルギーがより重要な役割を担っています。また、私たちがこの問題に共に取り組むためには、議論のプロセスも非常に重要です。前向きな企業リーダーたちと議論を通じて協働することで、目標を達成するためにはどのような政策や投資が必要かについての共通の理解が生まれるのです。


よりサステナブルな未来を実現するために

―― これからの未来をどのようにご覧になっていますか?

Safeguarding the Global Commons

私の目標は、グローバル・コモンズを守ることです。経済学者のひとりとして、グローバル・コモンズが脅かされている根本的な理由は、現在の経済システムが自然資本から生じる便益に価値を付与していないこと(外部不経済)にあると考えています。グローバル・コモンズが評価されない現在の経済モデルでは、それが「無料」の財であると仮定されているため、搾取の対象となりやすいのです。自然環境を大切にする人たちの中には、自然を神聖なものと捉え、貨幣価値を付ける発想に強く反対する人もいます。しかし、自然資本に価格をつける方法と、その価格に基づく経済的な意思決定を行う方法を見出さない限り、自然は搾取され続けるでしょう。だからこそ、私たちは気候や海洋、生物多様性、汚染をめぐる問題に直面しています。自然資本の価値を考慮した意思決定が可能となるように経済システム全体を転換させるには、どうすれば良いのでしょうか。

まだまだ道のりは長いですが、私たちには時間がありません。10年後に行動しても、遅すぎるのです。炭素排出量の情報開示に関する合意を形成するだけで、既に25年かかっています。もちろん、政治的な壁や忖度を乗り越え、全世界が一緒に自然資本の評価方法を決めるのは容易なことではありません。しかし、アントニオ・グテーレス国連事務総長の言葉を借りれば、私たちの現状は「気候地獄に向かってまっしぐらに高速道路でアクセルを踏んでいる」のです。科学を理解し、経済システムを変革する必要があると知りながら、気候変動の進行を変えることができていません。さらに、その間の私たちの無策によって貧しく脆弱な国々と市民に不平等な負担を強いていることも、かつてないほど明白になっています。

パリで開催されたCOP21以降、気温上昇2度の目標では不十分であることを科学は示しています。私たちは1.5度を達成する必要があり、そのためには経済システムの転換が不可欠です。2年前の東京フォーラムでも、2050年までにカーボンニュートラルを達成し、プラネタリ・バウンダリ―の中で持続可能な開発を実現するためには、軌道修正に使える時間はもはや10年しか残されていないと明言しました。グローバル・コモンズ・センターでは、学術研究にとどまらず、まさにそういった課題に取り組もうとしています。企業、政策立案者、研究者の連携、そして一日も早い行動が求められているのです。

*注:マルチステークホルダー・コアリション:複数の関係者が連携し、対話や意思決定、課題への対応を実施して共通の問題の解決に取り組む。

 
 
Prof.Ishii

石井菜穂子
グローバル・コモンズ・センター ダイレクター
未来ビジョン研究センター教授
東京大学理事

東京大学大学院新領域創成科学研究科国際協力学博士。財務省、国際通貨基金、ハーバード大学国際開発研究所、世界銀行などを経て、2012年より地球環境ファシリティCEOを務め、2020年8月より現職。Johan Rockström、Mattias KlumによるBig World Small Planet: Abundance within Planetary Boundaries (Yale University Press, 2015) の邦訳『小さな地球の大きな世界』(丸善出版、2018)を共同監修。

取材日:2022年12月2日

 

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