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巨大地震と向き合い、より安全なまちと建物を再建する トルコ・シリア地震の建物被害と現地調査から

掲載日:2023年5月2日

多くの建物が壊滅的な被害を受けたトルコ・シリア地震。安全なまちを再建するために何ができるのか、現地調査でトルコを訪れた東京大学地震研究所の楠浩一教授に聞きました。

完全に倒壊した集合住宅(2023年4月2日 トルコ東南部カフラマンマラシュにて撮影)
 

── 今回の地震で、甚大な被害が出てしまったのはなぜでしょうか?

建物が倒壊した理由としてまず考えられるのは、そもそもの揺れが、日本の建物であったとしても損傷を受けてもおかしくないほどの強い揺れであったことです。今回のトルコ・シリア地震で観測された地震波には、2016年の熊本地震や、2011年の東北地方太平洋沖地震 で特に揺れが強かった場所の観測記録と似た特性があります。一般的には中高層の建物のほうが地震で受ける影響は小さいといわれていますが、地震波の周期が長く、加速度のある揺れ方は、中高層の建物にも壊滅的な被害を与えます。

もう一つの原因として考えられるのは、建物の強度です。トルコにおける現行の耐震基準は、日本やEUをはじめ世界各地で採用されている内容に劣るものではありません。トルコは有数の地震国として、これまでにも耐震規制を何度も改正してきました。また、建て替えが早いと言われる日本でさえ、建物は40年、50年にわたって使われています。たとえば新しく建物を建てるための設計法を改善しても、継続して使われている既存の建物に遡及して適用することができないので、街全体の強化にはつながりません。自然災害では、弱点や欠点がある建物からまず被害を受けます。多くの建物が倒壊したことに鑑みて、実際にどこに問題があったのかを一つ一つ調査することが必要です。

「安全に壊れる」建物を目指して

転倒してしまった集合住宅
(2023年3月30日 トルコ東南部イスケンデルンにて撮影)

── 建物倒壊のメカニズムとしては、どんな説明ができますか?

建物の壊れ方には大きく2種類あり、飴のように壊れる場合とガラスのように壊れる場合があります。引っ張られて伸びるなかなか切れない飴のように壊れる建物は、損傷してもエネルギーを吸収しながら変形していくため、中にいる人はその間に逃げることができます。

対照的に、損傷の度合いが一線を越えると、ガラスが割れるように一瞬でバラバラになってしまう建物もあります。建物の重さを支えている柱が損傷すると全ての階が潰れるように壊れるため、救助も非常に困難です。今回の地震で倒壊した建物の多くが、この壊れ方をしていると考えられており、建物が瞬間的に破壊される非常に危険な状況であったでしょう。専門的には「脆性破壊」と呼ばれています。

── どのような建物であれば、安全であるといえるのでしょうか?

どんな地震が来ても絶対に壊れないような設計で建物を建設している国はありません。どれだけ大きな地震が来るかは、まさに青天井なのです。仮に、とてつもなく大きい地震を想定した設計では柱を過度に太くせざるを得ず、窓がとても小さい原子力発電所や要塞のような建物になってしまい、居住環境としては相応しくありません。そもそも、巨大な地震の発生頻度が低いことを考えると、ほとんどの建物は何事もなく耐用年数を迎え、建て替えられることになります。耐震設計ではそういった社会的要素を考慮する必要があるので、たとえば日本では、地震はその建物が建っている期間に発生するかどうかわからないほど強い地震を想定して、そういった地震が起きたら「安全に壊れる」ように設計されているのです。地震が起きたときに建物の壊れ方を調べるのは、いわば「安全に壊れる」建物を設計するためなのです。

── 建物の壊れ方の研究は、これまでどのように耐震性の向上に生かされてきたのでしょうか?

日本では、1968年の十勝沖地震以降、建物の壊れ方の研究が進みました。柱の中の鉄筋の量を増やすことが有効だと分かり、柱や梁の中でベルトのように鉄筋を一定の間隔で巻き付ける「フープ筋」の量が一定以上となるよう、法改正を行いました。にもかかわらず、1978年の宮城県沖地震では再び多くの建物が倒壊しました。その教訓から、1981年に建築基準法が改正されます。それまでは建物が建っている間に2、3回は起こりうる程度の強さの地震を想定した耐震設計をしていましたが、さらに、それよりも強い地震を想定して設計を行うための基準が適用されるようになりました。それでもなお、1995年の兵庫県南部地震で「脆性破壊」を含む住宅倒壊の被害を完全に防ぐことはできませんでした。

新築建築物のための設計基準を改正するだけでなく、既存の建物にも耐震診断が義務づけられるようになったり、耐震改修を促進するなど、時代とともに少しずつ、様々な条件にある建物の安全性を高めています。地震研究においては日本と関係が長く深いトルコの関係者と、まさにこれから古い建物の耐震性の強化に向けた動きが始まりつつあったところでした。大変残念ながら、その矢先に、今回の地震が起きてしまったのです。

再建を見据えて

── トルコ・シリア地震の被災地に対して、日本の地震研究が貢献できることはありますか?

まず、今回の地震で過去の設計法で建てられた建物が倒壊したのか、それとも現行基準で設計された建物が被害を受けたのか、あるいは施工自体に欠陥があったのか、 調査で解明する必要があります。街全体の復興に関して言えば、地盤の調査も重要です 。地盤の良い場所には昔から人が居住していますので、どうしても新興住宅街は新しい地盤の条件の良くない場所に作られる傾向があります。今回の地震で街全体が被害を受けた場所では、その土地にもう一度街を作るのかを慎重に検討しなければなりません。

地表面に現れた断層
(2023年4月1日 トルコ東南部カフラマンマラシュにて撮影)

そして建築基準法を守り、耐震性の高い建物を再建することが大切です。今後、建物の審査をする際に日本の行政システムが参考になるかもしれません。また、材料の品質や管理の面でも、日本政府や日本の研究が協力できることが多くあると考えています。

── 建物の被害に関する調査で、現地を訪問されたと伺いました。

文部科学省の科学研究費助成事業(特別研究促進費)、日本建築学会、土木学会の合同調査団の団長として、2023年3月28日から4月4日まで現地調査のためトルコを訪れました。主な調査内容は、鉄筋コンクリート造建物、免震建物、鋼構造建物の被害、地盤被害に関する調査です。数百キロを超える極めて広い範囲で、甚大な被害が生じていました。現行の基準で建てられた高層の集合住宅が倒壊している例も複数確認できました。

── トルコの現地調査をふまえて、どんなことをお考えですか。

これから復興が始まります。現在の建築基準や施工の方法に問題があるのかを早急に検討し、復興時の新しい建設に生かす必要があります。今後も継続して、トルコ側研究者と共同で研究を実施していくこととしています。

ひとたび地震が発生すると、その被害は甚大で、一瞬にしてたくさんの人が亡くなります。これを防ぐためには、基準や設計法を改善していくことはもちろんのこと、すでに建っている建物にも目を向けて、必要に応じて補強をすることが大切です。しかし、そのためには非常に長い時間がかかります。まちを安全にしていくためには、継続した地道な努力が必要です。世界の地震国と共同して、その長い道のりを一歩一歩進んでいく必要があります。

 
Koichi Kusunoki

楠 浩一
東京大学地震研究所教授

東京大学大学院工学系研究科修了。博士(工学)。東京大学生産技術研究所助手、国土交通省建築研究所研究員、独立行政法人建築研究所主任研究員、横浜国立大学准教授、東京大学地震研究所准教授を経て、2018年より現職。

関連論文
1. 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)(1995)――被災度調査と地震観測――, 楠 浩一, 建築防災, p23, 2019
2. ネパールゴルカ地震日本建築学会災害調査結果の速報, 楠 浩一, 建築防災, pp.16-19, 2015
3. トルココジャエリ地震被害調査報告, 楠 浩一, 建築雑誌, pp.7-10, 1999

取材日:2023年3月9日、4月13日
取材:寺田悠紀、ハナ・ダールバーグ=ドッド

 

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