システムチェンジを目指して――COP28とこれから
2023年11月30日から12月13日、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイにてCOP28(第28回国連気候変動枠組条約締約国会議)が開催されました。COP28の成果と今後の課題について、グローバル・コモンズ・センター・ダイレクターの石井菜穂子教授に聞きました。
気候変動と自然システム
―― COP28の主眼である「カーボン・ニュートラル」について、進展はあったのでしょうか?
経済の脱炭素化を目指す「カーボン・ニュートラル」に関して最も注目されたのは、「化石燃料からのトランジット」が合意されたことです。石炭以外の化石燃料について初めて言及されたことを評価し、COP28主催国のアラブ首長国連邦(UAE)は、これを歴史的(historic)な合意であったと自賛しています。しかし、これは使う人によって全く違う意味を持つ外交的に工夫された文言で、“玉虫色”の合意と言えるでしょう。具体的な目標が提示されていないこの合意は、産油国をはじめとして、石炭・石油、天然ガスを使ってこれから発展していきたいと思っている国々、化石燃料の削減にあまり積極的でない国々にとっては、都合の良いものでした。一方で、小島嶼国や気候変動の影響に脆弱な途上国にとって、この結論は壊滅的(devastating)でした。
科学者たちは、「どのようにトランジットしていくのか」という明確な目標設定が示されなかったこの合意を悲劇と受け止め、警鐘を鳴らしています。2050年に温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにする「ネットゼロ」を実現するために、今後数年間が正念場と言われています。これを意味のある合意としていくために、それぞれの国、地域、産業が、自分たちはどう転換(transition)すべきかについて、科学的に根拠のある具体的な道筋を描き、それに必要な政策を打ち出し、国際的にも協調していくことが求められます。
――COP28では、どのような成果があったのでしょうか?
自然や生物多様性の損失を食い止め回復基調に乗せることを意味する「ネイチャー・ポジティブ」に関して、気候変動と自然システムの相互作用について共通の理解が促進されたことが大きな成果と言えるでしょう。今回のCOPでは、これまでエネルギー問題と比べると周縁的であった水、健康、都市、貿易など、あらゆる分野に焦点があたりました。
地球上には、気候の他にも重要なシステムがあり、なかでも自然システムは大きな割合を占めています。地球の安定性を守るために必要なカーボン削減量の3分の1は、「ネイチャー・ポジティブ」を達成することで実現できると言われています。つまり、気候変動への対策を講じるために、「ネイチャー・ポジティブ」は欠かせません。今回のCOPで、エネルギー転換だけではなく、「ネイチャー・ポジティブ」を実現してはじめて人々が平和に暮らせる地球を守れる、という知見が浸透してきたことが顕著に示されたと思います。
南北問題の解決にむけて
―― “玉虫色”の合意の背景にある格差を埋めるためには、何が重要でしょうか?
気候変動と自然崩壊の問題の背景には、根深い南北問題があります。これまで、北の国々は、南の国々から自然資源を際限なく搾取し、それを大量消費する経済システムのもとに発展してきました。サステナブルに生産されたものであるからといって、必ずしも高い対価は支払われてきませんでした。結果、乱獲や伐採が進み、自然は崩壊する一方でした。
格差の問題を根本的に解決するためには、基本的な値付けのシステム、ひいてはファイナンスの仕組み自体を見直す必要があります。COP28では、南の国々が発展していくために北の国々からどのように資金を流すかについて、議論や提言がなされました。東京大学グローバル・コモンズ・センター(CGC)は、ネイチャー・ファイナンスのペーパーを共同執筆し、自然資本を持続可能に使っていくために資金を動員する金融の在り方を提案しました。国際開発金融機関(MDBs)を改革して国際金融の流れの中心にしていくと共に、貿易の仕組み全体を変えていくために大きな工夫が求められます。乱開発により安く多く生産されたものが取引されてきたこれまでの貿易を見直し、サステナブルな生産と消費のための貿易に転換することが必要です。
国を超えた複数の関係者が連帯する「マルチステークホルダー・コアリション」(複数の利害関係者による提携)も引き続き重要な役割を担っていくでしょう。私が以前から注目しているのは、産業界の脱炭素化を目指す「ファースト・ムーバーズ・コアリション」(略称FMC)です。企業活動において価値が創造される過程に着目し、よりグリーンな製品を購買することのできる層を生み出すための整備は既に始まっており、「ファースト・ムーバーズ・コアリション」はそれなりの成果を収めています。
こういった取り組みを、温室効果ガス排出量の30%以上を占めている食料システムにおいても促すため、世界経済フォーラムは12月1日、新たなコアリション(First movers coalition for food system)を発足させました。ネスレ、ペプシ、カーギル、ダノンなどの大企業が参画しています。各国政府・企業に働きかけるため、CGCもコアリションのデザインパートナーを務めます。他にも、COP28開催期間中に数多くのコアリションが作られ、参加者が知見を寄せ集めて勉強し、次に繋げていく姿勢が見られました。
このように、随所に“小さな勝利”が生まれてきています。しかし根本的な格差を埋めるためには、国や政府をも巻き込んだ大きなシステムチェンジが必要です。“小さな勝利”が、産業革命以降に構築され200年ほどの歴史を持つファイナンスや貿易を根本的に変えるところまで力を持てるのかについては、まだまだ楽観視できる状況ではありません。2050年に人類が直面する状況は、既存のシステムをどのように転換できるのかによって、大きく左右されると思います。
包括的な連帯と協力
―― システムチェンジのために、これから期待されることはありますか?
これから、女性、若者、そして先住民族コミュニティの参画が期待されます。COP28は、女性の参加者が多くジェンダーバランスのとれた会議であったことはもちろん、民族衣装で参加する先住民族の人々で会場がとても華やかでした。日本にいると、先住民族コミュニティが遠い存在に感じるかもしれませんが、今後ますますマイノリティを意識した包括的な取り組みが重要になるでしょう。世界有数の重要な森林資源であり、先住民族も暮らすアマゾンを抱えるブラジルが主催国となる2025年のCOP30への期待も高まっています。
日本としても、欧米の方ばかりに目線を向けるのではなく、これまで以上にアジア諸国とも協力していくことで、南北問題の解決やシステムチェンジに貢献できると考えています。2050年ネットゼロの目標は同じでも、国や地域によっておかれている状況が異なれば、脱炭素にいたるまでの道筋も変わってきます。欧米型の分類や体系に基づいた解決策が世界中の地域に適しているとは限りません。
例えば、CGCが事務局を務める産学連携プラットフォームETI-CGC(Energy Transition Initiative - Center for Global Commons)は、アジアの声も聴きつつ、ネットゼロに向けた道筋を描こうとしています。
日本にとって適切な道筋と、東南アジア諸国が想起する道筋には、多くの共通点が見いだせます。かといって、対中国、対インド、対アメリカといったような地政学的な理由でアジア諸国と連帯し、単純に“ブロック”を複数作ることにはあまり意味がありません。科学的根拠に基づいて、互いに知見や経験を共有しながらアジア諸国と協働し、それを世界のルール形成に繋げることが鍵になると考えています。
石井菜穂子
グローバル・コモンズ・センター ダイレクター
未来ビジョン研究センター教授
東京大学理事
東京大学大学院新領域創成科学研究科国際協力学博士。財務省、国際通貨基金、ハーバード大学国際開発研究所、世界銀行などを経て、2012年より地球環境ファシリティCEOを務め、2020年8月より現職。Johan Rockström、Mattias KlumによるBig World Small Planet: Abundance within Planetary Boundaries (Yale University Press, 2015) の邦訳『小さな地球の大きな世界』(丸善出版、2018)を共同監修。
取材日:2023年12月20日