早期宇宙の謎に迫る──深層学習を駆使した銀河の観察

AI(人工知能)の深層学習モデルは天文学の研究にも応用されています。銀河の観察から何が明らかになるのか、2024年5月に、国際的な活躍が期待される若手女性研究者に贈られる「羽ばたく女性研究者賞(マリア・スクウォドフスカ=キュリー賞)」の最優秀賞を受賞したビッグバン宇宙国際研究センターの森脇可奈先生に聞きました。

遠くの銀河から見える「過去」
── 宇宙の進化についての研究は、どこまで進んでいるのでしょうか?
私たちが住む地球は太陽系のなかにあり、太陽系は天の川銀河の一部です。さらに、天の川銀河の外側には他の銀河がたくさんあって、それを全部包含しているのが宇宙です。さまざまな観測データと理論を合わせることで、大まかな宇宙の進化の過程が分かっています。
時系列で言うと、まず「インフレーション」と呼ばれる急激な膨張が起きたのち、138億年前ごろに「ビッグバン」が起こり、宇宙が誕生したと考えられています。その後、宇宙には「ダークマター」と呼ばれる未知の物質や水素ガスが薄く広がり、しばらく天体が無い状態が続きました。そして、どこかのタイミングで星が生まれ、銀河が形成されたと考えられています。しかし、初めて星や銀河が誕生した正確な時期については、まだ明らかになっていません。そこで研究者は、より遠くの銀河を観測することによって、宇宙の歴史をたどろうとしています。遠くの光が地球に届くまでには長い時間がかかるため、遠くの銀河の「今・この瞬間」の状態を見ることはできません。逆にいえば遠くの銀河を観測すると、遠い過去の銀河の姿を見ることができます。こうして、過去の宇宙の歴史について知ることができるのです。
── 宇宙には、どれくらいの数の銀河が存在するのでしょうか?
宇宙の大きさ自体は分かっていませんが、ビッグバンの後に放出された「宇宙マイクロ波」をもとに観測できる「最遠方」あるいは「最過去」と呼ばれる範囲は決まっています。その「観測できる範囲」の宇宙には、ある程度以上の明るさを持ち、現在の技術で観測可能なものに限っても、数十~数百万個もの銀河が見つかるとされており、より暗いものを含めると、ほぼ無限にあると考えられています。
日本も建設に参画している、チリの巨大電波望遠鏡「アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)」のプロジェクトは、これまでに見つかったなかで最遠方、つまり観測できるものとしては最過去にできた銀河を見つけることに貢献しました。「アルマ望遠鏡」のような電波望遠鏡では、宇宙誕生から数億年後、約130億年前の銀河を観測することができます。最近では、2021年に打ち上げられた米航空宇宙局(NASA)の「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)」が宇宙誕生から約3億年後の銀河を発見しました。
アルマ望遠鏡やJWSTでは、最遠方の銀河を個別に発見することを目指して観測が行なわれています。いっぽう私の研究では、これから技術の発展がさらに期待される次世代望遠鏡の技術を活用して、銀河の個別検出ではなく「数千万個の銀河が成す構造」を観測することを目指しています。
データサイエンスの活用

── 現在取り組まれている研究について教えてください。
私たちが今ここに存在しているのはなぜか、という根源的な疑問を解き明かすために、宇宙の始まりはいつか、銀河はいつ・どのように形成されたか、について解明していきたいです。約10億年前に形成された銀河については、すでにたくさんの情報が得られていますが、私たちは、数十億年前、あるいはさらに以前の銀河の分布を明らかにしようとしています。対象が遠くなればなるほど観測は難しいため、手がかりを得るためには、まず、どのような観測方法が適しているのかについて検討したのち、銀河の存在が宇宙全体の進化に与えた影響を理論的にシミュレーションして推測する必要があります。最終的には、銀河の集団の分布、つまり数千万個あると言われる銀河がそれぞれ宇宙のどの辺りに位置しているのか、を把握することを目指しています。
研究においては、2025年にNASAが打ち上げを予定している近赤外線宇宙望遠鏡「SPHEREx」から観測データを得ることを想定しています。他にも、日本の共同研究者と波長1 mmの「ミリ波」帯の光検出器を作るプロジェクトを進めています。私たちが理論的な予測とデータ解析の手法を提案し、観測を専門とする研究者が検出器を作って観測するという共同作業です。また、大規模な観測データを手作業で分類・分析することは困難なので、データサイエンスの手法を取り入れ、大規模なデータから、特定の時代の銀河の大規模構造を推測するために必要なデータを取り出そうと試みています。
── 実際に、どのような作業を行うのでしょうか?
AI(人工知能)モデルの一つ「深層学習(ディープラーニング)」によって、取り込んだ2次元・3次元の画像データから、推測に必要なデータを取り出す作業を行なっています。最初に取り込んだデータには、必要な情報以外の情報がノイズとして含まれています。そこで、画像編集に使われる深層学習モデルを参考にして、ノイズを自動除去するモデルを作りました。情報系の研究分野では、部屋から窓越しに屋外の風景を撮った写真に映り込んだ室内の要素を分離して、風景だけを取り出すような画像処理技術が開発されています。この技術を天文学の研究に応用することで、さまざまな種類のノイズの除去が可能になりました。例えば、地球上から遠くの銀河を観察する際には、大気の揺らぎや、地球の周りの銀河の像がノイズになります。他にも「輝線」と呼ばれる特定の波長の光を検出する際には、銀河が発している他の波長の光もノイズとなり、除去処理が必要です。
天文学分野では、ここまでにお話したような電波を使った観測以外にも、人間の目で見ることができる「可視光」、目には見えない「赤外線」「紫外線」など、あらゆる手段を使って観測が行なわれています。例えば、銀河が発する光のうち特定の輝線に注目する場合には、その波長の長さが銀河までの距離、言い換えるとその銀河の光が発せられた時代と関連します。天球面上の光の分布に加えて、その光の輝線の波長を調査して、三次元的な分布を把握することが大きな目標です。この点については、先ほどからお話しているSPHERExによって、数年以内に実現できると考えられています。
私たちの存在を決定付けるパラメータ
── 観測技術が向上すると、これから何が分かるようになるのでしょうか?

JWSTのような宇宙望遠鏡によって、宇宙の進化に関する研究が進みました。ただしJWSTは、個別の銀河を発見したり観測することはできても、広い領域に銀河がどのように散らばっているのかを俯瞰することはできません。この点においてSPHERExや私たちが開発するサブミリ波帯の検出器が役立つと考えています。この検出器は、チリの「ASTE望遠鏡(アタカマサブミリ波望遠鏡実験)」に取り付けて観測を行なう予定です。
今後は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が構想する「月面天文台」のように、大気や電波の影響を受けず宇宙を観測する技術の向上が期待されています。また、電波による地上からの観測においても、広い土地にたくさんのアンテナを並べて観測する方法があります。例えば2028年には、1 km四方の土地をアンテナで覆いつくすプロジェクトが、西オーストラリア州のマーチソン電波天文台で始動します。日常生活から生じる人工的な電波に邪魔されない砂漠は、電波を使った観測に適しています。
このようなさまざまな観測技術の向上によって、現在の宇宙の性質の解明だけでなく、早期宇宙の謎についての手がかりがつかめるかもしれません。ビッグバンの後、宇宙の始まりの段階では、陽子と電子が電離したプラズマ状態で動き回っており、その後、それらが電離していない中性の状態がしばらく続きました。しかし、それからさらに時を経て、現在の宇宙空間に広がっているガスの中では、陽子と電子が再び電離していると考えられています。

背景の赤と青で示された部分は21cm波シグナルの分布を示し、赤い部分は温度の高いガス、青い部分は温度の低いガスが見られる領域に対応する。赤と黒のドットは可視光・遠赤外線やミリ波帯の波長で観測される銀河を表す。
出典:Moriwaki, Kana, et al. “Deep-learning Reconstruction of Three-dimensional Galaxy Distributions with Intensity Mapping Observations” The Astrophysical Journal Letters 923 L7 (2021): 1-6[b].
早期宇宙を知るためには、この「宇宙再電離現象」と呼ばれる現象が、どのタイミングで起きたのかを解明することが重要な課題となっています。銀河全体に薄く広がる、暗くて見えにくい中性水素ガスは波長21 cmの電波帯で光ることが知られています。遠くの宇宙のガスの分布を知るためには、その光を捉えることが必要です。さらに、この21 cm波の微弱な光を捉えるためには、他の波長帯における観測結果も組み合わせることが重要です。この点において、これまでは紫外線が注目されていましたが、私たちは、銀河中の酸素イオンから放出される可視光や遠赤外線の観測結果が有用であることを、世界で初めて示しました。今後は、銀河が周りのガスをどのように加熱して電離させたのかについて、電波の観測を通してさらに情報を得たいと思っています。
── 銀河の研究を通して見えてくることは何でしょうか?
宇宙がなぜ偶然誕生したのかについて解明することは、どうして今ここに私たちが存在しているのか、を知ることにつながります。人間が住むことができる環境を備えた地球は、天の川銀河や太陽のような星があって、はじめて存在しています。宇宙空間に広がるガスの電離の歴史が異なれば、我々の住む銀河も、今のような形ではなかったのかも知れません。宇宙論においては、宇宙がどういった性質を持っているのか、暗黒エネルギーがどれくらいの割合を占めているのか、などを決定づける数値を「宇宙論パラメータ」と呼んでいます。このパラメータが違っていたら、銀河が形成されることもなく、今の私たちも存在していないかもしれないのです。このように考えてみると、天文の研究は、最終的に哲学的な問いに通じるところがあるのかもしれません。

森脇可奈
理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター 助教
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了、博士(理学)。宇宙論的シミュレーションや機械学習を使った銀河形成・進化、宇宙再電離、宇宙論に関する研究を行う。2022年より現職。2024年「羽ばたく女性研究者賞(マリア・スクウォドフスカ=キュリー賞)」第3回最優秀賞受賞。著書にLarge-Scale Structure of the Universe – Cosmological Simulations and Machine Learning(2022年、Springer Singapore)、共著論文にMoriwaki, Kana, et al. “Deep-learning Reconstruction of Three-dimensional Galaxy Distributions with Intensity Mapping Observations” The Astrophysical Journal Letters 923 L7 (2021): 1-6[b].、Moriwaki, Kana, et al. “Cross-correlation between the 21-cm signal and [O iii] emitters during early cosmic reionization” Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 489, Issue 2 (2019): 2471–2477.[c]などがある。
取材日:2024年7月11日
取材:寺田悠紀、ハナ・ダールバーグ=ドッド