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地球と生態と人間を軸に環境危機を克服する |GXと東大 03|沖大幹 気候と社会連携研究機構長の巻

掲載日:2022年12月2日

このシリーズでは、GX(グリーントランスフォーメーション)に関する東京大学の取り組みを、キーパーソンへのインタビューを通して紹介します。持続可能な社会を地球のキャパシティの枠内で実現するための変革に向けて、東京大学は動き始めています。


UTCCS発足記念シンポジウムの様子

10月7日に伊藤国際学術研究センターで行われた気候と社会連携研究機構の発足記念シンポジウム。第1部では機構長と三つの研究部門の部門長がパネルディスカッションを行い、機構の概要と今後の展望を語りました。当日の模様はYouTubeで視聴できます。→https://utccs.u-tokyo.ac.jp/news/utccs-launch-symposium_movie/

 

ボトムアップで生まれた連携研究機構

今年7月、東大に新しい研究機構が誕生しました。その名のとおり気候と社会に関する連携研究を進め、科学的エビデンスに基づいて気候変動問題の克服を目指す連携研究機構です。10の部局から59人の教員が参画する(2022年11月時点)この機構を率いているのは、沖大幹(おき・たいかん)先生。生産技術研究所、サステイナビリティ学連携研究機構(現・未来ビジョン研究センター)、工学系研究科と複数の部局で研究・教育に携わってきた沖先生は、国際連合大学上級副学長、国際連合事務次長補といった学外の要職も歴任した、水文学の専門家です。
 

Kikuchi
沖大幹 気候と社会連携研究機構長(工学系研究科教授)
「昨年の夏頃、学内の気候学界隈の気鋭の研究者たちが意を決して動き出しました。渡部雅浩先生、羽角博康先生、芳村圭先生です。気候変動問題に対処しようという機運が社会全体でこれだけ高まっているのに、それに応える仕組みが学内に足りていない、との危機感が強くあったようです。学生の頃からよく知っていた彼らが熱く語る構想を聞いて大いに賛同し、機構長を引き受けました」

 長年にわたる検証の結果、人間活動による温室効果ガスの排出増が原因であることが明らかになった気候変動の問題。その解決には、自然科学から人文社会科学にまたがる幅広い学知の結集が求められます。気候モデルと影響評価を結びつけるような従来型の研究に加えて、効果的な対策を社会に実現していく新しい研究の展開が必須となる。そうした機構長の思いが、機構名に冠した「気候と社会」、三つの研究部門名に冠した「地球システム変動」「生態システム影響」「人間システム応答」という言葉に込められています。

「機構名に「人間」を入れるかどうかは悩みどころでした。「気候」に「変動」をつけなくてよいのかも議論になりました。「社会」は人間を当然含んでいるし、長期的に考えれば喫緊の気候変動課題だけに縛られないほうがよいと考え、この名に落ち着きました」

 

気候の科学と社会を結ぶ人材を育成

Kikuchi
機構の略称はUTCCS(UTokyo Center for Climate Solutions)。三つの研究部門が重なり合いフィードバックを繰り返しながら気候問題の解決を目指します。

他の連携研究機構とひと味違うボトムアップ型組織立ち上げの息吹を、大学執行部の構想がタイミングよく後押ししました。気候変動対策の研究・教育の進展を目的としたセンターをニューヨークのガバナーズ島に建設する一大プロジェクトに東大が参画する意向を示し、そこでこの取り組みの学術面を機構が担うことになったのです。

「今年、米国のスタンフォード大学とコロンビア大学が久方ぶりの新部局として気候変動を対象とする学部・大学院を発足させ、注目されました。世界の大きな潮流に東大も呼応しなければいけません。両大学には及びませんが、機構は目に見える一つの形だと思います」 
  
 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の部会構成に対応した三つの部門で進める研究活動に加え、特に力を入れたいと機構長が話すのは、教育活動です。人類と地球の将来を担うのは、気候の科学を社会と結びつけて考えることができる若者たち。そうした力を備えたエキスパート人材を育成して送り出すのは、教育機関である大学の大きな任務です。

「大学から飛び出した卒業生たちが、社会のあらゆる場面に入って現場を変えていく。東大のGXは、大学のキャンパスだけでなく、社会全体でのカーボンニュートラル実現に貢献するのが役割です。その意味で、学生、特に学部生の段階でのGX教育が大事だと思っています」

 第一歩として、瀬川浩司先生のコーディネーションで、今年度Aセメスターに学術フロンティア講義「気候と社会」を始めました。自然科学、社会科学、人文学にまたがる機構の研究者13人が、気候変動がもたらす社会への影響について各々の専門分野の視点から紹介する、教養学部の1・2年生向けオムニバス講義です。

 

気候変動の体系知を学び全体像をつかむ

この授業の第1回では、沖先生が「気候変動と相互作用環の学術を俯瞰する」と題する講義を行いました。なぜ気候と社会を学ぶのか、なぜ気候変動問題は解決できていないのか、気候変動をもたらす科学的要因は何か、いまなぜグリーンファイナンスなのか……。用意された話題から学生たちへの期待が滲み出ます。

断片的でない体系的な知を学生たちには身につけて欲しいと思います。ウェブで検索すれば何らかの答えがすぐ出てくる時代ですが、どういう経緯があってそうなるのか、その答えが何につながっているのかは見えません。講義などを通じてまとまった知識を体系的に習得し、問題の全体像をつかんでいただければ、と期待します

 機構長は、授業のブラッシュアップ作業を続けながら、学部生の段階で知っておくべき気候と社会の基本的知識を体系的にまとめ、教科書として機能する書籍の検討も進めています。それはもちろん東大の学生に限らず、人新世を生きるすべての人にとっての道標となるに違いありません。機構の総力を結集した教科書の完成が待たれます。

 一方で、昨今、なかなか進まない温暖効果ガス削減の現状に業を煮やし、極端な抗議行動に走る人たちの姿も報じられています。現行の社会システムを維持しながら温暖効果ガスを減らすのは根本的に無理だと考える人もいます。果たして私たちは持続性のある発展を続けられるのでしょうか……?

「本気で温暖化対策を進めたいなら、危機感を煽るやり方ではダメでしょう。人を脅すようなやり方ではいらぬ分断を招くだけ。大事なのは共感です。私は、無理して我慢せずとも環境に負荷をかけずに幸せに暮せるような社会に必ずや変えられると期待しています。いろいろなやり方があるなかで、気候正義にかなった、できるだけ歪みの少ない公正な移行の道を探っていきたいと思います」



人間活動が地球規模の環境にも影響を与え、その痕跡が地質学的にも認識されるという意味が込められて提案されている新しい年代区分(じんしんせい/ひとしんせい)
気候変動を招いた責任は過去に大量の化石燃料を使用してきた先進国が大きいのに対し、気候変動の悪影響は脆弱な途上国で大きい、といった不公正や、現在の豊かな暮らしが将来の深刻な気候変動を引き起こすといった世代間不平等を正さねばならないとする考え方

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