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熱化学電池で見据えるグリーンな化学 興味を突き詰めて、世の中のためになる研究を

掲載日:2021年5月28日

熱化学電池開発のための実験に取り組む理学系研究科の山田研究室の学生たち

分子を一粒動かして電気に変えるーー。

夢のような話ですが、そんな未来が近づきつつあります。実用化されれば、体温のちょっとした変化でウェアラブルデバイスを動かしたり、新しいタイプの電池を開発したりできる、と話すのが理学系研究科化学専攻の山田鉄兵教授です。

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山田鉄兵教授

2020年5月に東京大学に着任した山田先生の専門は、電気化学。分子が異なる温度でくっついたり離れたりする反応をエネルギーに変える研究をしています。

千葉県松戸市育ちの山田先生が科学に最初に興味を持ったきっかけは、小学校の頃、地域の図書館で放課後に読みあさった本でした。

「両親が共働きで、4年生になって学童保育がなくなり、それまでの遊び友達と離れてしまい、地元の図書館しか行くところがなかったんです」と振り返る山田先生。「落語全集やサム・ロイドのパズルシリーズに加えて、『科学の質問箱』シリーズを片っ端から読みました。『ホーキング、宇宙を語る』(イギリスの宇宙物理学者スティーブン・ホーキング博士著のロングセラー)も読みましたね」

将棋も好きだったと話す科学少年は、高校卒業後、東京大学に入学。物理にも興味があったそうですが、理論がきちっとしている物理に比べて、「なぜいろいろな反応が起きるのか分からないうちに先に進んでいく感じ」な化学をもっと知りたいと思い、理学部化学科に進みました。西原寛教授(現東京理科大教授)の無機化学研究室では、これまでにない新しい物質を作り、X線結晶解析するという作業に熱中します。

新しい物質をひたすら作る

「出来たものを世の中に役立てようというよりも、新しいものを作って分子のカタチを見る、というのが一番のモチベーションでした。できた分子を確認するのが難しい。空気に触れると壊れてしまうので、空気が入らないガラス容器の中で作る。空気中に出さないで精製し、出来上がったきれいな結晶を、X線を当てて構造解析する、というのが学生時代の研究でした」

その時作ったのはコバルト、鉄、ニッケルなどの金属に硫黄を結合させた、クラスター錯体と呼ばれる物質の一種。大学院では、その錯体に実用的な意味がないか触媒反応を試したり、冷やすと色が変わると知ってマイナス200度まで冷やして温度と色の変化を調べたり、といった実験を繰り返しました。

こうした気の遠くなるような、そして一見「なんの目的もない」ように見える基礎研究が、後に新素材の開発につながることがあります。学生時代に山田先生が作った物質も、数年後に西原先生が単層のシート状にしたところ、トポロジカル絶縁体(中身は絶縁体だが切断すると表面だけ電気を流せる金属になる物質)という、当時物理学で非常に注目されていた物質になることが分かったと話します。

山田先生は修士課程修了後、大手化学メーカー三菱化学の研究所に就職。花形だったリチウム電池の開発に携わりますが、「アカデミアへの憧れ」を断ち切れず、共同研究を通じて知り合った九州大学の北川宏教授に声をかけられて、2年後に助手として同大学に着任しました。

九州大では、燃料電池の中の「膜」を作る研究に従事。配位高分子という、金属と有機物を並べてできるジャングルジムのような「かご」の中に水を入れると、プロトン(水素プラスイオン)が流れます。この水素イオンが流れることをプロトン伝導性と呼びますが、プロトン伝導性のある膜を作ることで燃料電池内の水素イオンを流れやすくして効率を上げるのが目的でした。基礎研究の面白さに目覚めたのは、まさにこの頃でした。

研究は真似された人が偉い

「プロトン伝導性配位高分子は当時すごく注目されていて、我々の研究を中国やインドのグループが追いかけてくれたんです。研究者は皆、自分の研究を真似されることを嫌がりますが、僕は真似されるのがうれしかった。基礎科学では真似された人が偉いと思います。世界に影響を与えているということですから。工学が製品で世界を豊かにする、ということなら、理学は情報で世の中を変えることだと思っています」

2015年頃からは、熱化学電池という新たなフィールドに挑戦しています。日本では、本格的に研究しているグループは他になく、「本当にオリジナルな研究をしていると思う」と胸を張ります。

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山田先生が研究している熱化学電池の仕組み。シクロデキストリン(水色の筒状の分子)は低温側で三ヨウ化イオン(紫色に三つ連なる分子)を取り込み、高温側で放出する。低温側で酸化反応、高温側で還元反応が促進された結果、低温側で電子が外部回路に移動し低温側に還流することから持続的に電力が得られる ©山田鉄兵(アメリカ化学会誌 DOI: 10.1021/jacs.6b04923 に掲載)

熱化学電池は、酸化還元の反応を使って電子のやり取りを「平衡」状態(化学反応の正反応と逆反応が行ったり来たりしている状態)にし、両端に温度差をつけるとイオンが低温側に動くことから電気を取り出そうとする装置です。

山田先生の熱化学電池はさらに、シクロデキストリンという輪のような形をした分子の中に三ヨウ化物イオンを閉じ込めたり、そこから逃してバラバラにしたりすることで、その反応を促進しています。

実は、シクロデキストリンはデンプンのように糖(グルコース)の鎖からできていて、グルコースが環状につながっている分子です。一般に販売されている消臭スプレーにも使われています。この熱電変換反応には、小学生の理科の実験で出てきた「ヨウ素デンプン反応」(じゃがいもにヨウ素をたらすと紫色になる反応)」が応用されているのです。

消臭剤で匂いが消えるのは、この輪っか状の物質が匂いの分子を閉じ込めるから、と山田先生は説明します。「逆にヨウ素デンプン反応で加熱すると色が消えるのは、ヨウ素がデンプンから出てきてバラバラになるからです。このように、温度を上げるとホスト(=シクロデキストリン)から三ヨウ化化合物イオンが出てくる。我々のシステムは、温度によって分子を捕まえたり離したりすることで電気を起こす、分子ロボットともいえます」

とはいえ、熱化学電池で作れる電気の量はナノワットレベルで、ほんのわずか。そのため、あまり注目されていなかったのですが、最近、性能が急激に向上し、今では熱化学電池を研究している研究者が世界で10グループぐらいいると話します。

熱化学電池は、酸化還元反応を利用して持続的に電気を作れるので、グリーンケミストリー(環境に優しい化学)の一例です。先生が実現可能性が高いと考えているのがセンサーへの応用。高齢者や赤ちゃんに熱化学電池を使ったデバイスを取付け、体温の変化で発電することで、常時心音をモニターし、万が一心音が止まったら電波で情報を飛ばすことが可能だと話します。首掛け扇風機なども、体温で動かせる日が来るかもしれません。

産業に直結する電気化学

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酸化還元反応の促進により発生する電流を測定する装置

「エネルギーの化学というのは、一つの化学反応式だけで直接デバイスになる。リチウムイオン電池も、たった2つの電気化学反応を使って世界を席巻しているので、化学反応が直接産業になるという意味で電気化学はとても面白い。新しい反応を使った新しいデバイスで世界を変える、というのが大きな目標です」

これまで、知識欲に突き動かされて、興味の赴くままに研究を続けたらここまできた、と話す山田先生。学生にも、自分の興味を突き詰めるべきとアドバイスします。

「こっちの方向が儲かりそう、と思ってその方向に進むと地獄が待っていることも多いんですよ。儲かりそうな方向というのはみながそこを目指すので、競争が熾烈になって、ほとんどの人はたいして儲からない。それより、本当に自分のやりたいことをやったらいいと思います。それが結局は自分の生活を豊かにしてくれることにつながります」

そして、パンデミックの今こそ、前向きな発想をするべきだと力説します。

「アイザック・ニュートンは(17世紀の)ペストの流行で大学が2年間休校になり、田舎に帰っていたとき、リンゴが落ちるのを見て、万有引力の法則を思いついたと言われています。学生にも、君らの中からきっと新しいニュートンが出るよ、と話しています。今、世の中で皆が困っている。困っているときこそ、理系の出番だと思います」


取材・文/小竹朝子
写真/貝塚純一

 

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