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哲学と科学の対話 東京フォーラム2022開催。科学だけでは対応できない21世紀の諸問題解決に、哲学が重要な役割を果たすと強調

掲載日:2023年2月28日

東京フォーラム2022の閉会の挨拶を終えた藤井輝夫・東大総長(右から4人目)と、Chey Institute for Advanced Studiesのパク・イングク院長(左から4人目)。両隣は、2日間にわたる会議の各セッションの司会者と、総合司会を務めたNHKワールドジャパンの山本美希・エグセクティブアンカー(左端)。

東京フォーラム2022が12月1日(木)と2日(金)、「哲学と科学の対話:戦争とパンデミックそして気候変動に直面する世界の中で」をテーマに、東京大学と韓国Chey Institute for Advanced Studies の共催で開かれました。世界中から30名余りが登壇し、「未曾有の健康危機や環境危機に直面する21世紀では、哲学と科学の対話を通じて、科学だけでは解決できない重要課題に取り組む必要がある」との認識が示されました。

藤井輝夫・東京大学総長

今回の会議は、安田講堂でオフラインとオンライン配信によるハイブリッド形式で開催。開会の挨拶で、藤井輝夫・東大総長は、「21世紀の『哲学』には、世界に広がる地域性と多様性に基づく新しい『普遍』を構築することが求められます。人間中心主義を無反省に普遍と考えてきた歴史を批判し、生態系や自然など人間以外の他者との共生に開かれた普遍でなければなりません」と述べ、2日間の議論を方向づけました。さらに、「21世紀の『科学』もまた、自らを批判する態度を欠いた科学至上主義から脱却し、自らの限界を認識する努力が求められています。それは、科学にとって倫理とは何かを改めて問い直すことでもあるのではないでしょうか」と、科学にも変革を求めました。

チェ・テウォン・韓国SKグループ会長

また、チェ・テウォン韓国SKグループ会長は、「今日、我々は出口が見えない、暗いトンネルの中にあります」と、人類が直面する課題に対して危機感を共有しました。その上で、「広い心で違いを認めることを学び、より柔軟で多様、そして型にはまらない思考で、現実的な解決策を探る」必要性を説きました。

基調講演では、第8代国連事務総長の潘基文氏、総合研究大学院大学の長谷川眞理子学長、シカゴ大学のポール・アリヴィサトス学長がそれぞれ、科学技術が急速に進展する中での哲学の役割について示唆に富む議論を展開しました。

「新しい啓蒙」が不可欠

1日目に開催されたハイレベルトークセッションでは、ボン大学のマルクス・ガブリエル教授が「新しい啓蒙」の必要性を力説しました。新しい啓蒙とは、今日、我々が直面する未曾有の困難に挑むために、人類が協働する倫理的枠組みを形作るものです。

「哲学と科学の対話――新しい啓蒙に向かって」と題した、ハイレベルトークセッション(2022年12月1日開催)のモデレーターをする東大の中島隆博教授(大画面の右)。大画面で横に座るのは、同じくオンライン配信で参加したボン大学のマルクス・ガブリエル教授。東大の大栗博司教授もオンラインでの参加。安田講堂でオフライン参加したのは、ソウル大学校のイ・ソクチェ教授と東大の隠岐さや香教授。

「新しい啓蒙の時代は今まさに始まろうとしている、と私は考えます。新しい啓蒙とは『正しい行動とは何か』を理解し、また明らかに今、危機的状況にある『社会・自然環境の複雑なシステムをめぐる規範性』を理解しながら、人類の協力や、哲学、科学の新しいあり方をもたらすものです」と、ガブリエル教授は中継先のドイツ・ハンブルクから述べました。

ガブリエル教授はさらに、普遍性は新しい啓蒙の重要要素の一つであり、ボトムアップ(細部を積み重ねて全体を構成する)で形成されなければならない、と述べました。「人類生物学によると、我々は社会性がある動物。高いレベルの協働が行われている状況で最も繁栄します。それがあるからこそ、地政学的緊張や異なる(人々や国々などの)アイデンティティ間の争いを乗り越えることができるのです。ですから、新しい普遍は各地域間の文化的な違いを勘案して、ボトムアップで形成されなければならないのです」

ハイレベルトークセッションでは、「哲学と科学の対話――新しい啓蒙に向かって」のテーマで、掘り下げた議論が展開されました。ガブリエル教授のほか、ソウル大学校哲学科のイ・ソクチェ教授、東大カブリ数物連携宇宙研究機構長の大栗博司教授、東大教育学研究科の隠岐さや香教授が参加しました。モデレーターは、東大東洋文化研究所の中島隆博教授が、ハンブルクからリモートで務めました。

パネリストの中で唯一の自然科学者(物理学)である大栗教授は、「科学者は実際的」との見解を示し、「いかに多様な人々を巻き込んで課題を解決できるか、いかに発想を具体的に対話方法に落とし込んでいくか」が今後さらに重要になる、と述べました。また、科学の責任ある利用のあり方を探るなど哲学者と協働する場面では、科学者が実際的な考え方を持ち込むことができると強調しました。

一方、イ教授は、世界を席巻する韓流文化を例に挙げ、「新しいタイプのつながりや一体化」、または「新しいローカルな普遍」の存在について語りました。「(エミー賞を受賞した韓国のドラマシリーズ)『イカゲーム』を見ると、韓国社会内で起こっている現象を表現しているに過ぎないのです。しかし、そこに現れているテーマや問題は、韓国のみのものではなく、世界中どこにでも共通するものなのです。そのような普遍性が、ローカルな文脈に埋め込まれているのがとても面白い点です」

変遷する哲学と科学の関係

同セッションでの哲学者や科学者の議論を踏まえ、隠岐教授は「哲学と科学の関係は、過去数世紀の中で変遷してきた」と、科学史家として歴史的視点を披瀝しました。17~18世紀のヨーロッパで起きた知的・哲学的運動である「啓蒙主義」の時代では、哲学と科学は分かれた学問ではありませんでした。例えば、英国の物理学者・数学者であるアイザック・ニュートン(1643-1727)は、自身を「自然哲学者」とみなしていました。しかし、啓蒙主義が終わりを告げると、哲学と科学は分岐し、ドイツの哲学者イマヌエル・カント(1724-1804)が「科学者は特定の分野で狭い視点で活動し、自身の研究の道徳性に無頓着になっている」と観察するまでになっています。

隠岐教授は、「19世紀になると、哲学の役割は大幅に減り、その状態が20世紀半ばまで続きました」と説明。20世紀後半になり、倫理、文化、社会などの要素を含むトランス・サイエンス(科学に問うことができるが、科学では答えることができない)問題が顕在化すると、哲学、特に倫理的思考の重要性が再確認されました。「トランス・サイエンスの問題は科学だけでは解決できませんが、科学抜きでは取り組めないのです」

多様で違いのある人々の間の対話が必要

哲学と科学の対話のテーマは、会議2日目に行われた「世界哲学は世界の諸危機とどう対決するのか」と題したパネルセッション2でも取り上げられました。同セッションのモデレーターを務めた、東大人文社会系研究科の納富信留教授からは、テーマにある「世界哲学」とは、2018年に始まった日本のプロジェクトで、科学、文化や日常にある知識を集結するものだ、との説明がありました。

「世界哲学は世界の諸危機にどう対決するか」と題した2日目のパネルディスカッションで、梨花女子大学のキム・ヘスク名誉教授の発言に耳を傾ける、東大の納富信留教授(左)。チュラロンコン大学のスワナ・サタ・アナンド教授とボストンカレッジのダーモット・モラン教授はオンラインで参加。

同セッションで、ボストンカレッジ哲学科のダーモット・モラン教授は、人類が抱える課題に取り組む上での哲学の役割を次のように定義しました。「混乱、不寛容、不正、野蛮行為に直面して、哲学者の役割は、その職務を全うし続け、暗闇の中の光になり、対話の扉を閉ざすことなく、他者や面識のない人々に対話を呼びかけ、新しい夢、目標、概念、価値を促進させることです」。さらに、モラン教授は、「我々が共通の人間性を持ち、共に地球に依存しているという強い気持ちを人々の心に植え付けるのも哲学の役割です。我々が、地球上で脆弱な存在であるということ、人類や地球全体に対して責任があるということを、広く一般に認めさせることが必要なのです」と語りました。

モラン教授が西洋の視点から哲学の役割を洞察した一方、アジアの立場から2名の哲学者が見解を述べました。韓国・梨花女子大学のキム・ヘスク名誉教授は、「人類は、アジア人や女性の視点も含めた認識論的視座から、さまざまな種類と形の合理性にもっと注意を向けるべきだ」と語りました。さらに、「技術を操る者から隠れて見えない、取り残された人々に配慮した弁証法的思考を持たなければなりません。哲学者と、技術者を含む科学者は予期せぬ問題を解決するために協力するしかないのです」と続けました。

タイのチュラロンコン大学哲学科のスワナ・サタ・アナンド教授は、「存在を直視する上で釈迦が正しい見方とした『正観』が、根強い不信感が漂う時代を進むときにコンパスになる」と紹介しました。

環境危機やAIの普及にどう対応するか

2日間にわたる会議では、科学技術の進展がもたらした、気候変動や生物多様性の損失など深刻な問題のほか、人工知能(AI)やロボット工学の出現についても議論がありました。

1日目のパネルディスカッション1は、「世界共通価値としてのグローバル・コモンズの責任ある管理」のテーマで、環境危機について3年続けて議論を展開しました。同セッションも含め、会議を通じて明らかになった認識は、「人類の環境危機に対する対応は不十分」だということでした。

グローバル・コモンズ・センターのダイレクターを兼務する石井菜穂子東大理事(大画面と壇上)が、「世界共通価値としてのグローバル・コモンズの責任ある管理」と題したパネルディスカッションのモデレーターを務める。

同セッションのモデレーターを務めた、東京大学グローバル・コモンズ・センター・ダイレクターを兼務する石井菜穂子・東大理事も危機感を強く持つ一人です。2022年11月にエジプトのシャルム・エル・シェイクで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)で、グテレス国連事務総長は、「我々は『気候変動地獄』への高速道路を、アクセルを踏んだまま走っている」と発言しました。この警告を引用し、石井理事は「地球温暖化への対応が膠着状態に陥っているが、これを打開する『イネーブラー(enabler:目的達成を可能にする人や組織・手段)』が必要だ」と強調しました。

この発言を受け、韓国の延世大学校国際学研究科のジョン・テヨン教授は、「気候変動への対応は今まで公的機関が担ってきましたが、資金的、人的資源がより豊富な民間部門こそが、この役割を担うべきなのです」と応じました。さらに、同セッションでは、持続可能な開発を実現するために、先進国の経済活動により損失と損害を被る発展途上国への対策を呼びかけました。例えば、食糧や水、エネルギー、インフラなどの世界の資源を再分配する必要性や、低金利融資を提供する緊急性などが指摘されました。

気候変動の問題は、2日目のパネルディスカッション5でも「安全保障と気候変動の複合課題――相互作用を理解し対応策を展望する」のテーマで引き続き議論されました。多岐に渡る議論では、米中の対立など地政学的要素や、環境問題解決を難しくする資本主義システムの欠陥について言及があったほか、哲学の知を借りて「良い生活とは何か」を再定義する必要性について発言がありました。

科学の発展で損なわれた生物多様性については、パネルディスカッション3(2日目)で取り上げられました。「持続可能な将来への社会変容に向けて:自然や自然がもたらすものの多様な価値への理解」をテーマに、生物多様性など自然の価値を認識する必要性が論じられました。なお、生物多様性は、プラネタリーバウンダリー(環境学者らが提唱した、地球の安定性と自然に回復する力を維持する上で最も重要な9つのシステム)の一つで、人間活動がこれらのシステムの限界値を超えた場合、地球環境に不可逆的な変化が起きる可能性があるとされています。

東大のジェンチャン・ベンチャー教授(大画面と壇上の左端)が人類とAIがいかに共生するかについてのパネルディスカッションのモデレーターを務める。パネリストは右から、パリ高等師範学校のドミニク・レステル准教授、ソウル大学校のキム・ヒョンジン教授、東北大学の原山優子名誉教授、Saehan Venture Capital社のキム・ユン執行役員。

パネルディスカッション4(2日目)では、「ロボットやAIと歩むこれからの社会はどうなる? 人間を超えた経済・エコロジー・政治」のテーマで、人類がいかにロボットやAIと共生できるかを論じました。ロボットとAIは近年、技術の進展が目覚ましく、便利になった一方、難しい社会問題も表面化しています。東北大学大学院工学研究科の原山優子名誉教授は、「型にはまらない発想と想像力を発揮することが、人類が自身とAIとを差別化することにつながり、協調して共存できるようになる」と発言しました。

ラップアップセッションでは、各セッションのモデレーターが議論の総括を行いました。それを踏まえ、藤井総長は、「東京大学のような学術機関は、さまざまな人が互いに有意義な対話を行い、真の知識を生み出し、真の科学を振興する場でなくてはなりません」と述べました。さらに、「次回の東京フォーラムも、地球と人間社会の未来についてポジティブで建設的な議論が行われることを期待しています」と述べ、会議を締めくくりました。

東京フォーラムは、世界、人類のあり方を探る議論を活発に行うために、「Shaping the Future (未来を形作る)」を包括テーマとして開催され、2022年の会議が4回目になりました。

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