病院と研究科が一体となって進む動物医療と研究と教育 | 広報誌「淡青」37号より
動物医療と研究と教育
弥生キャンパスにある「東大の動物病院」こと動物医療センターでは、大学院研究科との相互連環による動物診療と獣医学教育が行われてきました。獣医内科学教室の主任教授で前センター長の辻本先生に、センターと、センターとの相互連環で進む研究の一端について聞きました。
猫と獣医内科学
辻本元 Hajime Tsujimoto 農学生命科学研究科 教授 |
1881年に開設され、ドイツから来たヤンソン博士の指導のもと、日本の獣医臨床教育の黎明期を支えた駒場農学校動物病院。その流れを汲むのが、農学生命科学研究科附属動物医療センターです。
前センター長の辻本先生によると、獣医学の領域では、昔は牛も馬も犬も猫も一括りでした。家畜とペットでは飼う目的が違うため、しだいに「大動物」と「小動物」とに分かれましたが、後者では歴史的に犬の診療が主で、 猫はおまけのような扱いだったそうです。
「でも、猫は小さい犬ではありませんよね。身体も性格も症状も違います。近年になって猫の診療を犬と分けるべきだという考え方が世界に広がり、日本でも今年、『猫の診療指針』という獣医向けの本が出ました。猫には猫の診療を、というわけです」。
センターは、農学生命科学研究科の獣医学専攻と密に連携し、スタッフの多くが兼任する形で運営されてきました。センターでの臨床データは獣医学研究の貴重な素材となり、研究から生まれた知見はセンターでの診療にフィードバックされます。診療件数は年14000件超で、日本の大学の附属動物病院としては最多。全ての患畜は町の獣医さんの紹介で来院する二次医療機関であり、手に負えないような難病も多いのが特徴です。
「それゆえ、病気が治らないことも残念ながらあります。きちんと診断して適切な選択肢を示し、動物と飼い主にとってベストの対応を選んでもらうのが私たちの役目だと考えています」。
センターでは内科系診療科、研究科では獣医内科学教室を率いている辻本先生は、猫のリンパ腫に関するスペシャリスト。血液中の白血球の一つであるリンパ球ががん化する病気です。猫では胃腸や鼻腔にできることが多く、特に後者では腫れによって眼球が圧迫され、猫も飼い主も非常に苦しい状態に陥ります。かつて主流だったウイルス性のリンパ腫はワクチンの実用化などでだいぶ減りましたが、かわりに増えているのは非ウイルス性のリンパ腫です。
「病型の変化は、猫の診療の進化で寿命が延び、高齢の個体が増えた結果だと考えられます。幸い、非ウイルス性の鼻腔リンパ腫では、放射線治療でしばしば長期寛解が得られることが判明しました」。
現在、センターと辻本先生が力を入れているのは、PCR※クローン性検査の活用。ごく微量のDNAをサーマルサイクラーという装置にかけて100万倍まで増幅させて解析することで、動物に負担をかけることなしに精度の高い診断を実現するものです。
「この遺伝子診断業務を実践しているのは日本でまだ5ヶ所ほどですが、当センターはその一つ。現在はリンパ腫の診断が主ですが、病理・遺伝子診断部と連携しながら、これを他の症例にも広げていきたいと思っています」。
臨床において認められる疾患の本態を見つめ、症例および飼い主と真剣に対応する。ヤンソン博士の薫陶を受けた勝島仙之助教授が1893年に開設した獣医内科学教室。第7代教授の辻本先生が125年の時を越えて引き継いでいるのは、もちろん髭だけではありません。
※PCR=Polymerase Chain Reaction (ポリメラーゼ連鎖反応)