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猫を愛し、猫に学ぶ。 | 広報誌「淡青」37号より 文学、史学、獣医学、雑学・・・・・・猫と大学にまつわる4教授座談会

掲載日:2019年1月15日

猫を愛し、猫に学ぶ。

文学、史学、獣医学、雑学・・・・・・
猫と大学にまつわる4教授座談会

猫系教員座談会

二度目はなさそうな猫特集の最後は、せっかくなので猫好きの先生4人に集まってもらいました。座談会の会場は、猫との縁にめぐまれた本郷の喫茶店の2階。猫の性格や本能、歴史の中の猫、文学における猫、キャンパスにいる猫、国内外の猫事情、職場における猫、さらにはアロマとしての猫……!? 話題は尽きず、「淡青」史上最も笑顔にあふれる座談会となりました。

  • 須田 まずは、ご自身と猫との関係についてご紹介ください。
  • 西村 私は動物医療センターの外科診療科で猫を診療しています。今日も先ほどまで診ていました。飼い主でもあります。
  • 野崎 私は子どもの頃に犬を飼っていて、犬派でした。古い家の縁の下で猫のミイラを見つけて、猫には怪奇な印象を持っていましたね。でも、転向して猫派です。

夜のノックを機に猫愛が覚醒

西村教授写真
西村 亮平 Ryohei Nishimura
農学生命科学研究科教授。獣医外科学。ねこ医学会理事。共著に『何から何までこなさなければならない開業医のための小動物外科診療ガイド』(学窓社)ほか。
ミケ・一茶
学外の動物病院で「供血猫」として
活躍後に西村家へ。
 
  • 須田 転向のきっかけは?
  • 野崎 約30年前、一橋大の古い宿舎に入りました。戸を叩く音がして、開けると誰もいないという夜が続いた後、ある晩に戸を開けたら猫が3匹いました。前の住人が餌付けした野良でした。そこからほだされて、餌係として目覚めた感じです。その後、妻が保護猫をもらって飼い始め、20年同居して、数年前に最期を看取りました。今もペットロス状態です。駒場赴任時、緊張しながら構内を初めて歩いていたら「駒猫」に導かれて8号館に入った、という淡い思い出もあります。
  • 本郷 私の実家には猫がいつもいました。結婚後に捨て猫を飼い、17年後に行方不明になって悲しんでいましたが、今年1月に保護猫を譲り受けて飼っています。東大構内で拾ったこともあります。勤め始めて1 年目、道の真ん中で白い猫が呆然としていて。結婚前の夫と一緒に拾い、実家に連れ帰って飼いました。
  • 須田 うちは妻が猫好きで、飼いたいとずっと言われていて、ペットショップで遭遇したソマリに一目惚れして、8年ほど飼っています。この子は膝に乗ってこないし布団にも入ってきません。でも昼寝をしているとくっついてきます。
  • 野崎 ふと思い出しますが、私の可愛がり方は猫に嫌われていたのかもしれません。抱っこ中にガブッと噛んだりして、仲間の証かと思っていたけど、本当に嫌いで噛んでいたのかも、とか考えちゃう。
  • 西村 抱っこが嫌いな猫は多いですから。
  • 須田 犬は人の様子を見てどう喜ばれるかを考えているように見えますが、猫は違いますね。能力がないんでしょうか。人が猫に合わせることが多い気がする。
  • 西村 頭は犬の方が良いでしょうね。あと、餌を指差すと、他の動物はわかりませんが、犬はわかります。犬と人は特殊な関係にあるんだと思います。
  • 野崎 人間と犬は最初からストレートな関係が成り立ちますね。それは子どもの頃感じた犬の素晴らしさです。猫には意味づけが難しい部分があっていちいちスリリング。対人間の処方箋があるのかな。
  • 西村 どの動物でも見つめ合うのは威嚇の印ですが、犬と人は見つめ合えますね。猫を見つめると顔をそらせるでしょ。
  • 野崎 そういえばじっと見つめて「キャン」と妙な声で怒られたことがあります。
  • 須田 うちの子は目を合わせますけどね。
  • 野崎 犬って成長すると面変わりしますね。でも猫はあまり変わらない気がする。
  • 本郷 犬は歳をとると顔が長くなります。
  • 西村 人間が猫を好む理由の一つがそこにあるようですね。
  • 本郷 あまり成長しないということかな。
  • 西村 成長といえば、ペットを飼うことは子どもの成長に役立ちますね。
  • 野崎 子どもができたとき、猫との相性が心配でした。猫は赤子の近くに置くなという人もいて。でも、実際には猫が赤ん坊をずっと見守っていて感動しました。
  • 西村 学生を見守る猫もいるといいかも。
  • 野崎 うちは20年間外に出さず室内飼いでしたけど、外で自由に遊ばせればよかったかな、と思うことがあります。多頭飼いのほうが楽しかったのかな、とも。
  • 西村 猫は基本的には単独行動です。昔は家と外で行き来するのが普通でしたけど、今は室内飼いで寿命が延びるのは明らか。どちらが猫にとっていいかは難しい。うちの飼い猫を外に出しても、びびって戻ってくるでしょう。今は猫たちの進化の途中かな、とも思います。
  • 須田 私も実家に犬がいたので、猫を飼うときは心配でした。室内だけで世界が閉じて大丈夫かな、と。でもストレスをためている様子はないですね。
  • 本郷 前に飼っていた猫は自由に外と内を出入りしていました。でも、今飼っている猫は、保護施設のケージ育ちだからなのか、外に出るのを怖がります。
  • 野崎 宿舎時代、海外出張から帰宅後、猫がいなくて心配して探したら、他の家でエサを食べて、違う名前で呼ばれていました。屋外猫のたくましさでしたね。
  • 西村 猫は長らくそうやって人間のそばで暮らしてきました。完全室内飼いへの移行は猫の歴史上初の出来事でしょう。
  • 野崎 なるほど、我々は猫の歴史的な大転換点に居合わせているのかも?

「小さな野生」が大きな魅力

野崎教授写真
野崎歓 Kan Nozaki
人文社会系研究科教授。フランス文学。著書に『フランス文学と愛』(講談社現代新書)、『フランス小説の扉』『五感で味わうフランス文学』(白水社)ほか。
ココ
名前の由来は黒い服を得意
としたココ・シャネル。
  • 野崎 猫の野生的な部分は魅力ですが、一時期悩んだのは、本棚の上から飛び降りる遊びを覚え、着地点がパソコン上だったこと。着地後は爪研ぎもするし……。
  • 西村 あたたかいパソコンに乗るのは織込み済みでしたが、あるとき猫がパソコンを机の下に落としました。そのせいで、学会用に準備した資料が全部ぶっ飛びました。その後1週間は猫と険悪な関係でした。学会直前のデータ全損は痛かった。
  • 須田 人の気を引くためにやりますよね。
  • 野崎 人が集中しているのを邪魔したい。
  • 西村 自分がかまってほしいときだけかまってほしい。
  • 本郷 新聞を開くとすぐ乗ってくるし。
  • 野崎 そんなワイルドさやアナーキーさを痛快に思う自分もいました。そうできない飼い主の代わりにやっていたのかな。
  • 本郷 うちの子は黒猫です。保護猫譲渡会だとクロとミケが不人気で入札がなく、ならば、ともらいました。黒猫は不吉、三毛猫は賢すぎる、とか言いますね。
  • 野崎 黒猫も頭が良いと聞きましたよ。
  • 西村 毛色と性格の研究もあるようですが、猫は性格の評価をするのが難しいと思います。たとえば、盲導犬の向き不向きなど、犬のほうが研究が進んでいます。
  • 本郷 犬は役立つから研究もされやすいのね。猫を研究しても役に立たなさそう。
  • 須田 性格がよくてパソコンを破壊しない、とわかれば有益でしょうけど。
  • 野崎 猫には「小さな野生」が欲しい。
  • 西村 犬みたいに従順な猫はちょっとね。
  • 野崎 盲導犬の献身には頭が下がるけど。
  • 本郷 猫も少し見習えと説教しますか。
  • 西村 でも、役に立たないところから本当にすごいものが生まれるかもしれない。
  • 野崎 学問にも通じそうな話ですね。

愛玩のために猫に位階を授与

本郷教授写真
本郷恵子 Keiko Hongo
史料編纂所教授。日本中世史。著書に『怪しいものたちの中世』(角川選書)、『蕩尽する中世』(新潮選書)、『買い物の日本史』(角川ソフィア文庫)ほか。
ニャースながと
夫と子の名の末尾に合わせて
「と」で終わる地名を採用。
  • 野崎 日本の歴史での猫というのは?
  • 本郷 「枕草子」には一条天皇がかわいがった猫が出てきます。宮中の殿上の間には一定の位階がないと昇れないので猫に五位の位を授けた、と。同じ猫の話は貴族の日記にもあって、藤原道長も出席して猫の誕生祝いをやったそうです。
  • 野崎 愛でるために猫に位を与えるとはすごい。欧州よりはるかに進んでいます。私の知る限り、カトリックが強くなるに従い猫の地位は低下しました。猫は怠惰や悪徳、欲望の象徴で、美術でも肯定的な存在ではなかった。その頃に日本では猫がそんなふうに扱われていたとは。
  • 本郷 猫又のような話もありますけどね。
  • 野崎 欧州では猫が魔女と結びついて災難にあった歴史もあります。黒猫派としては、エドガー・アラン・ポーの「黒猫」は許せません。悪印象があの作品で固定された。素晴らしい作家ですが、晩年不幸だったのはそのせいかな。平安貴族文化の繁栄は猫とつながっている気がします。役立たずで気まぐれで神秘的な猫が文芸に近づくのは当然ですね。
  • 本郷 いい猫のことを唐猫というのは舶来主義でしょうか。藤原定家の日記には、輸入したインコと麝香猫の話が出てきます。インコは歌うというが歌わない、麝香猫も別に面白くない、と書いています。
  • 野崎 麝香猫っていい匂いがしたのかな。私が飼っていた猫はとてもいい匂いがしたんです。娘盛りの頃、顔を埋めてジャスミンのような匂いを楽しみました。馥郁たる香りが忘れがたく、「猫の香り」というエッセイも書きました。
  • 西村 ……いい匂いは初耳ですね。
  • 須田 季節によるホルモン分泌の変化?うちは不妊手術したからないのかな。
  • 本郷 嫌な臭いがすることはあったけど。。
  • 野崎 衝撃です。自分の奇異な性癖を露呈してしまいました。
  • 須田 野崎先生は猫に近い嗅覚を持っているのかも。香りで猫を診断する「猫ソムリエ」として活躍できますよ。
  • 野崎 参りました(笑)。欧州だと修道院で猫を飼う話があります。かわいがりすぎて執着が生じ、神を忘れるからと、猫と宗教は折り合いが良くなかったようです。三島由紀夫の『金閣寺』にも、修行中の僧たちが猫を取り合うのを一刀両断する話※1がありますね。猫の魅力には宗教的な裏付けがあるといえるかも。
  • 本郷 役立たないからこそ純な愛がある。
  • 野崎 毛並みの美しさ、官能性がある。
  • 西村 そして香りもある(笑)。
  • 野崎 フランスでは近代以降に室内飼育が広がると、猫の美を詩人が礼賛し、文学が豊かになりました。ロマン派以降は猫がいないと始まらない。犬を描いた名作はフランスにはないけど猫は美的な対象です。カトリックには被造物に執着しすぎると神から離れるという思想がある。カトリシズムから自由になり、被造物に愛を注ぐ、という流れを猫から感じます。日本で猫愛が広がるのは江戸以降ですか。
  • 須田 やはり平和になってからでしょう。
  • 西村 浮世絵には猫がよく出てきますが、浮世絵に描かれる猫はみな尾が短い。江戸時代には短尾の猫が流行ったようで。その頃東南アジアから連れてこられて以降のようです。ですから長崎は今でも短尾の猫が多いですね。尾が短いと猫又にならなくて縁起が良いとの説もあります。
  • 本郷 尻尾が長い方が猫らしいけどねえ。
  • 須田 長い尻尾を立てて寄ってくるのがうれしいですよね。
  • 野崎 印象派の画家は浮世絵に影響を受けました。マネの絵では猫同士がアパルトマンの上で恋を語る。その尾はすごく長いですが、浮世絵の猫は短いんですね。

東大キャンパスと猫たち

須田教授写真
須田礼仁 Reiji Suda
情報理工学系研究科教授。専門は、大規模・高精度のシミュレーションを行うスーパーコンピュータの高速化アルゴリズム。2018年度東京大学広報室長。
ココア
名前は毛色から。猫種はアビシニアンの
長毛種であるソマリ。
  • 西村 私は根津在住ですが、この辺はまだ野良猫が多いです。一定時間一定の場所で見張ると実はいます。
  • 野崎 東大のキャンパスにももっと猫がいていいと思うんですが。
  • 本郷 昔は木陰を歩いていると猫が寄ってきました。
  • 須田 1996年の東大新聞に本郷構内の猫マップが載っていました※2。これを見ると昔は随所にいたようです。
  • 西村 弥生キャンパスにはまだいますよ。
  • 野崎 それなら農学部経由で帰ろうかな。
  • 西村 ふと思うんですが、東大生にも猫型がいたほうがいいですね。役に立たない、でもすごいぞ、という感じの。
  • 本郷 最近の教員には犬型の人が多いかも。言うことをよく聞く従順なタイプが。
  • 西村 猫みたいな教員は務まりませんよ。
  • 野崎 授業なのにいないとかね。とすると、我々は犬型なのか。
  • 西村 反動で猫の自由さに憧れるのかも。
  • 須田 猫型の人も必要ですよね。
  • 西村 全員が同じ方を向いていては危険。
  • 須田 ダイバーシティという意味で、猫的な価値観も持っておくべきですね。
  • 野崎 猫がのんびりできるような町や大学は素敵だと思います。
  • 西村 少し町を汚すくらいで猫を追い出すのは寛容性の乏しい社会だと感じます。
  • 野崎 そういえばブリュッセルがテロで揺れたとき、警察の捜査に連帯してなぜか猫の写真を投稿する動きが広がったんです。Twitterがかわいい猫写真だらけになった。事件解決は多少、猫のお手柄でもありました(笑)。
  • 須田 猫ブームは日本だけじゃないですね。飼育数を見ると、EUでは猫が7500万頭、犬は6600万頭。アメリカは猫が9600万、犬が9000万だそうです。
  • 西村 現代人のライフスタイルには猫の方が合っていますから。
  • 野崎 今の子どもは自然との付き合いが少ない。身近に野生を感じさせる存在として、猫の意義が増すのは当然です。

大学という職場には猫が必要!?

  • 西村 私は日本ペットサミットという団体の会長として、職場で動物を飼おうという提案をしています。動物とともに働き方改革をという話です。
  • 野崎 職場に動物がいたら最高ですね。
  • 西村 犬がいると生産性が高まるというデータがあります。ただ、猫はいたずらばかりしてカチンとくるかも。
  • 須田 先日、研究棟で鼠が出たんです。駆除業者を呼びましたが、猫を置くという選択肢もあったなと後から思いました。
  • 本郷 猫がいると鼠がこないですか?
  • 西村 満腹でも動く姿を見れば捕えようとするから、鼠には脅威だと思います。
  • 須田 本を囓る鼠の駆除という建前なら、猫は大学にとって有益では?
  • 本郷 歴史的には鼠除けの猫のお札とかありますね。ただ、まじめに考えると、猫も本を傷つけそう。
  • 西村 猫の爪とぎのせいで、うちの本はぼろぼろです。
  • 野崎 以前、谷崎潤一郎のことを書こうと全集30巻を入手したら、猫が全集で爪を研いでめちゃくちゃに……。谷崎は猫好きだったから、と自分を慰めました。
  • 須田 イギリス首相官邸には昔から猫が鼠とり隊長として任命されています※3。東大でも雇ったらいいのでは?。
  • 西村 総長室で癒し係として飼うとか。
  • 本郷 いっそ、猫を総長にしたら?
  • 野崎 一時的に受験生が増えるか(笑)。
  • 西村 猫の自由さを大学も取り入れられたらいいですよね。
  • 野崎 平安時代に官位を授けたんだから、猫に免状出したらどうかな。研究者の論文を精神的に支えた功績で表彰、とか。
  • 本郷 猫を農学部の研究員にしては?。
  • 西村 自由に部局内を移動してエサをもらえると猫は喜ぶでしょうね。
  • 本郷 地域猫ならぬ部局猫ですね。
  • 須田 寛容性や多様性を根付かせるには猫がヒントになりそう。
  • 西村 総長室がダメなら広報室に猫扉を。
  • 須田 広報室に部屋はないんですよ……。
(脚注)
※1 禅宗の有名な公案。僧たちが猫で言い争うのを見た和尚は、「この猫について言いたいことがあれば言え。さもなくば猫を斬る」と言った。僧たちが何も言えなかったので、和尚は鎌で猫を斬った。その夜帰ってきた高弟は、その話を聞くと黙って頭に草履を載せて部屋を出た。和尚は「彼がいれば猫を救えたろう」と言った。三島を含む多くの人が問答の解説を試みてきた。
※2 1996年9月17日付の第1934号。弥生門、工学部、安田講堂、病院、医学部図書館、山上会館、三四郎池で撮った12匹の猫写真付地図を見開きで掲載。特に探さなくても猫に会えたことがわかる。
※3 官邸付近の鼠を取るのが役目の公務員。1924年から12匹が任に就いてきた。給料は年100ポンド。現職は茶白のトラ猫・ラリー。

撮影協力/喫茶ルオー
赤門近くで1952年に画廊喫茶として開店(店名は画家ジョルジュ・ルオーより)。1979年に正門前に移転し、現在の姿に。名物は開店時の味を受け継ぐセイロン風カレーライス。入口の猫の看板、猫入りのジオラマ、店内の猫絵画など、近所の芸術家たちによるアート作品がお店を彩っています。
文京区本郷6 - 1 -14(本郷通り沿い)
TEL03-3811-1808

写真/貝塚純一

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