サイエンスへの招待/死に近づいた人生を生き切るのに必要な医療とは? | 広報誌「淡青」37号より
死に近づいた人生を生き切るのに必要な医療とは?
人生が終わりに近づいた時、自分らしく生き切るためにはどんな医療やケアが必要か?そんな問いに答えるかのように、現状に即した研究を進めているのが、上廣死生学・応用倫理講座の会田先生です。現場で感じた疑問から始まった取り組みの一端を紹介します。
会田薫子 人文社会系研究科 死生学・応用倫理センター |
死生学は単に「死について」の学ではなく、死を生に伴い、また生が伴うものとして、人文知を背景に広く考えようとします。会田先生は、この「死生学」を通して、人生の最終段階の臨床倫理のあり方を研究しています。
「誰でも生きて、やがて生き終わっていきます。人生の途上では大事な人を失う経験も重ねます。だから、生き終わりのことも考えると、よりよく生きることができる。それが私たちのプロジェクトの出発点です」。
現代は、医療技術の発展により人工的な延命が可能な時代です。これは進歩である反面、超高齢社会の日本では生き終わりの問題が深刻化しています。会田先生は医療現場でフィールドワークを行い、胃に穴をあけて流動食を流し込む胃ろうや人工呼吸器の使われ方に疑問を持ったと話します。
「1990年代、認知症や老衰などの患者には最期まで治療を「がんがんやる」のが一般的で、本人の身体状態に合わない過剰な医療のために苦しむ人がたくさんいました」。
研究のため医師へのインタビュー調査を行った際は「高齢者の命を軽く見ている」という批判を数多く受けましたが、信念は曲げませんでした。老衰やアルツハイマー病の最終段階では人工的な栄養補給はしないほうが本人のQOL(生活の質)にとって好ましいというガイドラインが欧米で多数発表されてもいました。医学的に、点滴の意味はないと医師が分かっている場合でも、家族や見舞い客のための「点滴ボトルが下がった風景作り」のために続けることが多々ある、と会田先生は指摘します。
転機となったのは、日本老年医学会が2012年に発表した「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン」でした。会田先生の調査研究を基に、医療・介護従事者が患者や家族らとのコミュニケ―ションを通じて合意を形成し、医療・ケアを選択、決定する道筋を示しました。これによって、現場の医療従事者の意識は大きく変わり、胃ろうの造設数は減ってきたといいます。
会田先生が力を入れているのは「フレイル」という老化指標に応じた治療やケアの確立です。年齢で判断されがちですが、筋力、認知機能、生理機能などは個人差が大きいもの。国際的に提案された9段階のスケールに従って高齢者を分類し、例えば心肺停止の人に心肺蘇生法を行うかなどを決めるべきだと会田先生は話します。
「外科医が高齢者に手術するかどうか決めるとき、今までは『活きがよければ手術する、よくなければしない』というような判断だったのが、『科学的に表現するとフレイルだ』と言うとすぐに分かってもらえます」。
今のところ、日本におけるフレイルに関する取り組みは介護予防のみ。会田先生はフレイルの概念を取り入れたエンドオブライフ・ケアの新しい姿を思い描いています。
「イギリスではNHS(イギリスの国営医療サービス事業)が、フレイルが進んだお年寄りには緩和ケアを、と言っています。高齢者の身体の老化を踏まえてガイドラインを作っているところは日本ではまだありません。それを作るのが今の最大の目標ですね」。
文/小竹朝子
フレイル・コンセンサス会議で提唱された 臨床フレイルスケール
1 | 壮健 | 頑強で活動的であり、精力的で意欲的。 |
2 | 健常 | 疾患の活動的な症状を有してはいないが、カテゴリー1に比べれば頑強ではない。 |
3 | 健康管理しつつ元気な状態を維持 | 医学上の問題はよく管理されているが、運動は習慣的なウォーキング程度。 |
4 | 脆弱 | 日常生活においては支援を要しないが、症状によって活動が制限されることがある。 |
5 | 軽度のフレイル | より明らかに動作が緩慢になり、金銭管理、服薬管理などに支援を要する。 |
6 | 中程度のフレイル | 屋外での活動全般および活動において支援を要する。 |
7 | 重度のフレイル | 身体面であれ認知面であれ、生活全般において介助を要する。 |
8 | 非常に重度のフレイル | 全介助であり、死期が近づいている。 |
9 | 疾患の終末期 | 死期が近づいている。生命予後は半年未満だが、それ以外では明らかにフレイルとはいえない。 |