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美術に関わる東大の研究・教育 | 広報誌「淡青」38号より

掲載日:2019年4月9日

芸大ではない総合大学のアート活動とは

美術に関わる東大の研究・教育

このページでは、東大で行われている数多の研究・教育活動の中から、アートに関わる部局等の5つの取組みをピックアップして紹介します。芸術大学とは違う、総合大学としてのアート活動の姿をご覧下さい。

情報学環・学際情報学府

20回目を迎えた学生たちのメディアアート展

まず紹介するのは、大学院情報学環・学際情報学府が毎年行っている「東京大学制作展」です。これは、情報学を専攻する学生たちがメディアアート作品を制作して一般に公開する展覧会。その活動が高く評価され、2008年にはメディアアートの世界的祭典「ARS Electronica」に総合大学として初めて招聘されたというプロジェクトです。2001年に始まった際は学生有志による企画でしたが、現在は単位が出る公式な授業の一環として展開されています。責任教員を務める苗村健先生によると、作品制作だけでなく、監督、プロデューサー、制作マネージャー、会計、広報、デザイン、空間デザイン、会場設営、Web、記録と、運営の全てを学生が主体となって進めているとか。

「講義として履修するのは毎年20~25人ですが、OB/OG、東京芸大や多摩美大などの大学院生も10~15人ほど参加してくれています。技術はあれど何を作ればよいかわからない人と、作りたいものはあれどその技術がない人とをつなぐところに、面白さがあります」

本番は11月ですが、7月にプレ展示を行うのが授業の特徴。新入生は4月から3ヶ月間で作品の構想からプロトタイプ制作、展示までをひと通り実践し、その反省を踏まえた上で本番に臨みます。重視されているのは、フィードバックを次につなげる意義を体感すること。本番でも、作品を出展して来場者のフィードバックを得ることが単位取得の条件です。工学部2号館内の3ヶ所に設営された第20回制作展の会場を記者が回って見ていると、確かに制作者の皆さんに次々に話しかけられ、熱のこもった解説トークが聞けました。東大生は頭がいいけどコミュニケーションは苦手、というような先入観を覆された来場者も多かったことでしょう。

「技術系の人間は技術をどうやって実装するかから語りがちですが、見た人にどんな体験をもたらすのかから語るよう指導しています。また、メンバー同士の情報共有は基本的にオンラインで行いますが、重要なことは顔を合わせる授業の際に決めるのが大事なルール。外から人を呼ぶ企画を行う以上、対面のコミュニケーションが非常に重要だからです」

情報技術に芸術的要素を織り交ぜて表現・発信する創発的実践の経験を経て、その後、本格的に芸術分野に身を置いた学生や、教員として各方面で活躍する卒業生も少なくないそう。他では得がたい貴重な経験が大きな教育効果をもたらしているのは間違いありません。

第20回東京大学制作展“Dest-logy REBUILD”より

1.渦、それはパーティー
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クラブDJ的な手の動きを察知して水が回り渦が出現。手の制御で渦を維持するのが快感。
 
2.モーツァルトのゆりかご
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運動量保存則を表す「ニュートンのゆりかご」に光をプラス。球の数と動きに音がシンクロ。
 
3.―The world line―
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AIで顔から年齢を推理して電光表示管に生年月日を表示。モチーフは『STEINS; GATE』。
 
4.生の装い
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手をかざしたり指で押したりすることで微妙な動きを見せる砂鉄が何となく生き物のよう。
 
5.自律する影
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影が意志と無関係に動き、踊ったり逃げたり。中年にとっては『名たんていカゲマン』的。
 
6.二重人殻
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姿の3Dスキャンで生じた己のドッペルゲンガーが増殖したり縮小したり攻撃してきたり。
 
7.VR Piano Visualizer+
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鍵盤の弾き方に応じて人魂状のものが宙に放たれていき可視化された音楽の世界が広がる。
 

生産技術研究所

工学とデザインの融合を組織として推進

1949年に発足した生産技術研究所(生研)は、工学のほぼすべての分野をカバーする東大の附置研究所です。量子レベルのミクロな世界から地球レベルのマクロな世界まで、最先端の工学研究を70年にわたって行ってきた研究所では、このところ、工学にアートやデザインを融合する動きが活性化しています。

2016年、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)との協同でRCA-IISTokyo Design Labを設立し、日英を架橋するデザイン・エンジニアリングの研究教育活動を開始。2017年には、RCAでイノベーション・デザイン・エンジニアリングの部門を牽引してきたマイルス・ペニントン教授と、現代アーティスト「スプツニ子! 」としての活躍が知られる尾崎マリサ特任准教授が着任しました。さらに、新たな価値を創造する人材の育成と産学官民協働拠点形成のための組織として価値創造デザイン推進基盤を所内に設置。全学の新しい連携研究機構として、価値創造デザイン人材育成研究機構も発足させています。

2018年12月には、六本木の国立新美術館で生研の70周年記念展示「もしかする未来 工学×デザイン」を開催。かつて本拠としていたその場所では、工学とデザインをつなぎ合わせる研究から生まれた美しいプロトタイプの数々が、もしかすると今後やってくるかもしれない未来の姿を垣間見せていました。

「研究から生まれたものにデザイナーが後から手を加えて仕上げるのではなく、研究の段階から研究者とデザイナーがいっしょになって取り組むのが私たちのやり方です」。記念展に先立つ記者会見でそう語ったのは、価値創造デザイン推進基盤所属教員の一人で、記念展のリーダーを務めた山中俊治先生。JR東日本のSUICA改札や日産インフィニティQ45、美しい競技用義足などのプロダクトをインダストリアルデザイナーとして手がけてきた山中先生は、2013年に着任する際に所内のさまざまな研究に出会い、「宝の山が形をほしがっている」ように感じたとか。今回の展示では、建築の今井研究室、レアメタルの岡部研究室、バイオハイブリッドの竹内研究室ほか、14の宝に美しい形を与えました。

各々の展示に山中先生がつけた芸術的な直筆スケッチを眺めるうち、ふと気になってアートとデザインの違いを質問した記者に、「アートとデザインの関係というのは、サイエンスと工学の関係に近いですね」と明快に教えてくれた山中先生。優れたデザイナーは優れた教育者を兼ねているようです。

「もしかする未来 工学×デザイン」展より

1.Ready to Crawl
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そのままの形で3Dプリンターから「孵った」歩くロボットたち。ムカデ的だったりダンゴムシ的だったり。役には立たない。でもかわいい。
 
2-3.生産技術研究所S棟模型
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DESIGN LABがある建物の模型には3Dスキャンされた教員たちの姿が(右は山中先生)。
 
4.Cell Figure
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コラーゲンのゲルと細胞でできた人型。最初は皆同じ形なのに細胞の働きで次第に個体差が。
 
5.硬球感
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硬式野球のボールの密度変化を再現。内部にコルク芯はないのに持つとなぜか近い感触が!
 
6.DESIGN LAB ZOO
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会期中、RCA-IIS Tokyo DESIGN LABが出張しメンバーが実際に活動を展開。左がペニントン先生。
 
7.チタンつなげて回す
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アーティスト・荒牧悠氏作。連結した針金が回って立方体に見えそうで見えない状態が続く。
 
8.Breathing Skeleton
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人間の呼吸の動作を骨格のみで表した「動くガイコツ」。未来の学校にはこんな骨格標本が?
 
9.Parametric Tube
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数十本の細い螺旋でできた円筒が回転して太くなったり細くなったり。呼吸する網タイツ?
 
10.チタニウムスツールII
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現場で出る端材を活用。将来は軽くて丈夫で錆びなくて安いチタン家具が広まるのかも。
 
11.CR-1:ドライカーボン製陸上競技用義足
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F1にも使う素材で軽さと強さと美しさを追求。パラリンピック代表の高桑早生選手向け。
 

カブリ数物連携宇宙研究機構

アーティストが滞在して作品を制作するAIRプログラム

2018年3月、カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は、ある作品展を開催しました。「再n邂逅する科学と美術の試み、2018東京 – 第1回Kavli IPMU アーティスト・イン・レジデンスプログラム参加作家展」。機構に1ヶ月間滞在して研究者と交流しながら作品を制作したアーティストたちの展覧会です。17日間の会期中には、絵画、メディア、彫刻の3名のアーティストが機構で過ごす日々を経て生んだ新作とともに、機構の研究を紹介する展示も行われました。

1990年代から欧米で本格的に普及したアーティスト・イン・レジデンス(AIR)は、近年は日本での実施も増えていますが、研究機関が行うのは珍しいでしょう。その実現には、アートと科学の両方に通じたスタッフが不可欠でした。2009年から機構に勤めている坪井あやさんは、学生時代から現代美術に携わり、自身も作品制作を続ける学術支援職員です。

「当初は研究に関する図像を機構内で募集して写真展をやっていました。集まった画像を自分でプリントして広場の壁に貼っていましたね」

1回目の展示中に開催した交流会の参加研究者は5人ほど。しかし、図像を発端にした交流は徐々に広がっていきました。写真展が軌道に乗った頃、坪井さんはこの活動を広報の職務に活かせないかと考え始めます。そんなときに耳にしたのが、欧州原子核研究機構のAIRでした。「業務改革総長賞という学内コンテストの副賞でアメリカの大学の科学と美術のプログラム視察を企画しました。大学でAIRという形式は不人気でしたが、いろいろなプログラムの現場を見て、KavliIPMUならうまくいくと思ったんです。その後実施した科学と美術のトークイベントに来ていた画家の野村康生さんとの出会いも大きなご縁となりました」

2015年夏、野村さんを迎えて最初のAIRが実現します。研究者たちはアーティストの居室を訪れ、普段は見られない制作現場を目の当たりに。ワークショップでは数式を絵として表す試みが研究者とアーティストの両方を刺激しました。機構の日課である全員が集うティータイムでは、名物の黒板を使った意見交換が白熱。こうした4週間の交流はどんな作品に結びついたのでしょうか。

「野村さんは、数学者からfibrationという手法による高次元の扱い方を聞き、大きな影響を受けたそうです。AIR直後の作品「不可視のハロ」にも影響が見えますが、以後の作品では直接的な表現がなされ、さらに進展しています」

科学とアートの今回の邂逅は、まず後者の側に作品という果実をもたらしました。果たして前者の側にはどんな影響を及ぼしたのか。3つの分野を束ねて宇宙の謎に挑み続ける機構の今後に注目です。

「再n邂逅する科学と美術の試み、2018東京」より

1.Noctis Labyrinthus No.30 -type.C positive-, Noctis Labyrinthus No.31-type.P negative-
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野村康生 
 
2.Untitled 2018
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春山憲太郎
 
3.a study for spacecolortime
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平川紀道
 
 
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ティータイムの会場となる藤原交流広場には、この「不可視のハロ」(野村康生)のほか、AIRに参加したアーティストの作品が常設されている。
 

インターメディアテク

学術遺産とアートで新たな価値を生む博物館

東京大学の中でもデザインやアートへの強いこだわりで知られる施設が、日本郵便株式会社との協同で2013年に誕生したインターメディアテク(IMT)。東大が創立以来蓄積してきた学術遺産を中心に据えた、総合研究博物館の新しい学術文化総合ミュージアムです。

「心がけたのはデザイン重視のミュージアムです」という館長の西野嘉章先生の言葉が示すように、IMTでは展示の説明を文字で長々とつけるようなことはしていません。そのかわり、来場者が言葉より視覚で腑に落ちるように、という配慮が館の隅々まで張り巡らされています。グラフィック、展示什器、内装、家具に至るまで、所属教員がほぼ自分たちの手で作っているのも大きな特徴。IMTの研究者は教員であると同時にデザイナーでもあり、また、職人でもあるわけです。

そうした館がアートに関する展示や研究教育活動を数多く手がけてきたのは当然のことでした。アーティストの諏訪綾子さんと組んで味覚に焦点を当てた『好奇心のあじわい 好奇心のミュージアム』(2014-2015年)、医学部附属病院が受け継いできた医学者の肖像画・肖像彫刻を修復して展示した『医家の風貌』(2016年-)、戦前の什器と現代美術を組み合わせた実験展示『パースペクティヴ』(2017年)、英国キュー王立植物園の植物画と東大所蔵の植物標本を組み合わせた『植物画の黄金時代』(2017年)、アーティストのユーグ・レプさんとの共同企画で石を巡る現代美術と学術標本を組み合わせた『石の想像界』(2018-2019年)……。

丸ノ内のJPタワーには、一般の美術館や他の大学博物館と一線を画す、東大ならではのアートの姿があります。

IMTのアート関連の取組みより

1.特別展示『医家の風貌』会場風景(インターメディアテク、2016年-)
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© インターメディアテク / 空間・展示デザイン © UMUT works
 
2.『好奇心のあじわい 好奇心のミュージアム― フードクリエイション+東京大学総合研究博物館』会場風景(金沢21世紀美術館、2014-2015年)
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© インターメディアテク
 
3.現代美術実験展示『パースペクティヴ(1)』会場風景(インターメディアテク、2017年)
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© インターメディアテク / 空間・展示デザイン © UMUT works
 
4.特別展示『石の想像界―アートとアーティファクトのはざまへ』会場風景(インターメディアテク、2018-2019年)
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© インターメディアテク / 空間・展示デザイン © UMUT works
 
5.映像インスタレーション『CLOUD BOX』会場風景(独ニュルンベルク新美術館、2017-2018年)
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© インターメディアテク
 

総合文化研究科

アートの実践を通した研究と教育を全学的に

今日の芸術は、文系の人文知や理系の先端知も取り込みながら、多様な展開を遂げています。芸術に関する研究も、美学や美術史だけでなく、表象文化論、文化資源学、教育学、身体運動、脳科学、人工知能、認知科学、数学、建築など、様々な分野で取り組まれています。ただ、東大では、芸術に関して、文・理を超えて連携する機会はほぼありませんでした。

しかし現在、様々な部局で芸術関連の研究を行っている教員が、芸術創造を軸とした連携活動に向けて準備を進めています。総合文化研究科をはじめとする複数部局が手を組み、アーティストとの連携も行いながら、芸術創造に関する分野融合型の共同研究を実現しようとしています。2018年3月には準備委員等の関連教員が「学問と芸術の協働 東京大学からの新展開」というシンポジウムを行いました。重要なのは、この研究成果が学生の教育活動に還元されることです。

「芸術家を育てる芸術系大学ではなく、各界に人材を輩出する総合大学こそ、芸術教育を取り入れる必要があります。世界のトップ大学はいずれも芸術学部を有しますが、この点で東大は立ち後れています」と語るのは、シンポジウムで司会を務めた加治屋健司先生(総合文化研究科)。芸術的な感性は人間の学習過程で大きな役割を果たし、芸術は多様な価値観を知る上で重要です。従来と異なる考え方で発想することがあらゆる場で求められる時代において、芸術教育がこうした発想の力を育むのは間違いないでしょう。すでに教養学部や教育学部ではアーティストによる授業を始めています。総合大学ならではの広さと深さを芸術の研究・教育につなげる新プロジェクトの始動にご期待ください。

 
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O JUN氏(東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻教授)が2018年1月に行った集中講義「造形空間芸術論II」(教養学部教養学科)の授業風景。
 
 
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2018年3 月のシンポジウムの様子。アーティストやキュ レーターを招き、総合文化研究科、教育学研究科、人文社会系研究科、数理科学研究科、情報学環の各教員が学問と芸術の協働について議論しました。
 

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